5月末の金土日(28, 29, 30)で行われたEpitanimeというオタクの祭典に行ってきたので、様子をレポートしていこうと思います。去年の7月に行ってきたJapan Expo Parisはヨーロッパ最大の日本祭(第10回 Japan Expo Paris 2009行ってきました このエントリーを含むはてなブックマーク)ですが、こちらはEpitaというエンジニア学校内で行われるため、少し学園祭のような手作り感を漂わせている日本関連の祭典です。

Epitanime(エピタニメ)とは

WikipediaによるとEpitanimeとは、フランスのジャパニメーションの祭典としては最も古い祭典のうちの一つで、今年で8回目を迎えます。来場者は7千人〜8千人だと言われています。エンジニア学校のEpitaの学生が主催しています。古くはEpitaのアニメーション祭りなどと呼ばれていましたが、2004年からEpitanimeという名称が定着しました。入場料は8ユーロ。最寄りの駅はPort d'italieです。Place d'italieではないので間違えないように(僕は間違えました)。行ったのは最終日の日曜日でした。

フランスのエンジニアは社会的地位が高い このエントリーを含むはてなブックマークでも書きましたが、エンジニアはエリートが多いのですが、wikipediaによるとこの学校は型にはまらない(atypique)学校のようです。まず、フランスのエリート校はほとんどが公立ですが、この学校は私立の学校です。それでも、情報通信分野ではフランスで5本の指に入る学校だと言われています(参照)。

Epitanimeの公式サイトはこちら .: Epitanime 2010 : XVIIIème Convention de l'Animation :.

コスプレ

コスプレ率はJapan Expoよりもかなり高い印象でした。Japan Expoの方は、日本に興味がある一般人も来ますが、こちらはかなり日本のアニメにどっぷりな人たちが来ているような印象です。来場者数が20倍ぐらい小さいせいか、濃い人たちが凝縮されているように感じます。マニアックなアニメを真似ていて元ネタがわからないコスプレも多かったです。




子供もちょくちょくいましたよ。コスプレしてる子供もいました。
高解像度でたくさんの写真がもう既にアップロードされています→Cosplay libre et la convention

コスプレ大会

Epitanimeの盛り上がりポイントだと思われるコスプレ大会です。コスプレ大会には個人の部とグループの部があって、劇をやったり踊りを踊ったりしていました。


なかなか盛り上がっていましたが、グループの部の最終組で、盛り上がりが最高潮に達しました。なんと劇場でコスプレの男性がコスプレの女性に結婚のプロポース!壇上で結婚が決まっていました。



個人の部の写真→Cosplay Individuel
グループの部の写真→Cosplay Groupe

Youtubeにも大量にEpitanime 2010の動画がアップロードされていました。下の動画はゲームKing of Fighters XIのコスプレです。


Epitanime2010・コスプレ大会の動画→Youtube

のど自慢大会

のど自慢大会では、アニメに限らずJpopを歌います。ネイティブ並みに日本語の歌詞を歌っていてびっくりします。





パラパラ

コスプレ参加者が集まってパラパラを踊り始めたところ、周りにいたかなりの人たちも踊れるようでした。この曲はJapan Expoでも聞き覚えがあったので、流行っているのかと思い調べてみました。どうやらTR4KS Para Para Angels(PP4KSPPA)というパラパラを踊るグループの”CoinCoin Pouet Pouet”という知られた曲みたいです。歌っていることは、”ホウキして、ホウキして、トレイを持ち上げる(Tu balaies, tu balaies, tu remontes... les plateaux !)”と踊りを指導する部分と、「クワンクワン、プエップエッ」というアヒルの鳴き声であまり意味はなさそうです。




Epitanime 2010でのTR4KSPPAのレポート→TR4KSPPA

BGM当てクイズ

始まりだけ聞いて何番がどのアニメの音楽か当てるゲームを壇上の6人でやっていきます。新旧の少年アニメ、少女アニメが混ざっていましたが、ほとんど当てた猛者がいました。アニメは、NARUTO、デスノート、ワンピース、ブリーチ、テニスの王子様、GTO、ウィング・ガンダム、エヴァンゲリオン、カウボーイ・ビボップ、るろうに剣心、紅の豚、攻殻機動隊イノセンス、AKIRA、少女革命ウテナ、もののけ姫、ラブリーコンプレックス、彼氏彼女の事情、フルーツバスケット、セーラームーン、ふしぎ遊戯などでした。


ゲーム

ファミコン、PCエンジンなどのレトロゲームから最新のWII、X-Boxまでありました。どこから手に入れたか、アーケードゲーム機もありました。プロジェクタで映した8人対戦のボンバーマンはかなり白熱していました。



カラオケ

カラオケには1)一人がマイクを持って歌う部屋と、2)皆で合唱する部屋と2種類ありました。アニメの歌を歌うのですが、フランス語の歌にかわっているアニメと、日本語のままそのまま歌うアニメと2種類ありました。どちらも結構歌えていて、びっくりします。ローマ字で歌っている箇所を表示する所は学生が作ったのでしょうか。さすが情報を学ぶ学生だけあって、きれいなエフェクトを使って歌いやすく編集されているのが印象的でした。こういうのは大規模なJapan Expoではできない手作り感で面白いですね。



漫画

地下室は日本のいろいろなものを販売するスペースになっていました。漫画の販売もしていました。

フィギュア

フィギュアの販売。


囲碁・麻雀

囲碁と麻雀をするスペースがあって、少数ながら楽しんでいる人がいました。



同人誌

同人誌はフランス語ではDojinまたはFanzineと言います。パリにいる絵描きさんのように机を出して漫画を描いているところを見せています。



同人ゲーム

同人ゲームをするスペースもありました。というかここは、PCを使った授業をする教室だろう〜って感じですが。Salle DiGiCraft et doujin games - Tournoi Melty Bloodに説明があります。Melty Blood涼宮ハルヒの激闘がインストールされていたようです。Wikipediaによると涼宮ハルヒの激闘は発売中止になっているそうですが、ほそぼぞとフランスで楽しまれているのかもしれません。






フランス語圏・SOS団

brigade SOS Francophone(フランス語圏・SOS団)というのがあって宣伝していました。公式サイトはこちら→http://haruhi.fr/
こちらを見ると、少なくとも2年間ぐらいはいろいろ活動しているみたいです。



ファッション


雑貨


駄菓子


寿司


日本専門TVチャンネル・NOLIFE

名物リポーターのスズカさんがファンサービス兼販売員をやってました。

まとめ

EpitanimeはJapan expoと比べると20倍ぐらい小さいので、いろいろなところに手作り感があふれていました。その分、来ている人の濃さが凝縮されているように感じます。来ている人はみんな楽しそうにしているので、自分もだんだん楽しくなってくることが請け合いです。5月末にフランスに来る方は、一瞬参加してみるのも手かもしれませんね。

惜しむらくは、日本でコミケに参加したことがなかったことですね。日本にいるうちにいろいろなことを経験しておくべきだとフランスに来てから痛感するようになりました。もし経験したことがあれば、日本の本場も知った上で感想を述べたりできるようになったはずなのになと思います。同じく、相撲、落語、歌舞伎などなど、日本にいれば一日費やせばいつでも体験できたのにしなかったのも、オペラを見たときにちょっと後悔しました。比較して語ることができないからです。教訓としては、「海外に来る前に日本文化はできるだけ経験しておくこと」でしょうか。
追記:
今年のJapan expoは7月1日から4日まで
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Douville, France
前エントリでは、「今後の日本は、衰退する米国と台頭するアジア、結束する欧州という新事態に対処するために、いつかの時点で大転換を決定をする必要が生じる」と書きました。今後起こる大転換で新規路線を提案するリーダーは、既定路線とは考え方自体が変わってしまうために、大衆にはペテン師との見分けがつかないということになると思います。

このエントリでは、この二つの区別がつかない理由として、リーダーが1)現実を変えた後に大衆の意識が変わるから、2)リーダーが究極目標を公表しないからという理由について書いていこうと思います。

リーダーが現実を変えた後に大衆の意識が変わる

リーダーが現実を変えた後に大衆の意識が変わるという例は、「市民が望んでないことを実現するリーダーが必要 このエントリーを含むはてなブックマーク」で幕末と独仏和解を例に挙げて書きました。例えば、幕末に攘夷か開国かで揉めていた時に、開国する前に開国の方が正しいと大衆に分からせるのは至難の業です。江戸時代に牛肉を汚れていると思っていた人たちも、文明開化の後に「すき焼き」を食べて初めて異国の文化も良いかも知れないと思い始めたりするのです。

現在のヨーロッパの強みはEUという共同体の調和だと理解されています。しかしフランスでは30年にわたり2回も殺し合ったドイツと和解するのは、大衆の望みを越えるリーダーの決断が必要でした。「ヨーロッパの父」と呼ばれる二人のフランス人、ジャン・モネとロベール・シューマン外相は、欧州統合の基本は仏独和解にあると信じて疑わなかったそうです。そのために、協力と連帯の実績を一つ一つ積み上げていくしかないと考えて小さなことから実行に移していきました。

この二つの大転換で起こったことの順を整理すると、リーダーの発想→行動(現実が変わる)→人々の精神が変わる、となります。大転換では人々の意識が変わる前に現実を変える必要があることもあるのです。

新規路線派のリーダーが究極目標を公表できない訳

さらに悪いことに、こういった大転換では、リーダーは目指す世界を事前に公表することはできないのです。幕末の例では、列強から日本を防衛するにあたって「開国して異国の軍事技術をもって日本防衛」という青写真を事前に公表することは出来ません。当時は、「異人は即日本刀をもって切り捨てる」という攘夷が大勢を占めていたからです。「開国し~」などと口走ったところで、「売国奴、スパイ、馬鹿、弱腰、優柔不断」などとあらん限りの侮辱言葉を投げつけられてメッタ斬りにされるでしょう。新規路線派のリーダーは「開国して異国の軍事技術をもって日本防衛」と言ったような究極の目標を口にできない瞬間があるのです。

実際の歴史では、攘夷というイデオロギーを高揚させ、倒幕後開国という行動をもって事後的に民衆の意識を変えていくことになりました。幕末のリーダーとして名高い坂本龍馬なども腹の中では開国を支持していても、あまり露骨に開国を主張していません。現在でも、何を考えているか分からない飄々とした龍馬の人物像が伝わっていますが、新規路線派のリーダーが究極目標を公表できないことを示しているように思われます。

独仏和解の例でも最初は「独仏和解による欧州の調和を基調とした繁栄」という青写真は大っぴらに公表できるものではありませんでした。独仏は近代に入ってから3度戦争しています。第二次世界大戦後は、両国に戦争で息子を失った者、敵軍に手足を吹っ飛ばされた者、戦争で心身を病んで人生を台無しにした者、戦争で全財産を破壊された者があふれていました。だれでも家族、親戚、友人にそういった状況に置かれたものがいました。フランスではドイツとの和解だけは有り得ない!というという雰囲気だったはずです。憎悪と怨恨のなかで、ドイツを徹底的に痛めつけるべきだという復讐の念が支配的だったでしょう。ドイツとの和解何てことを言い出す者がいれば、今までの犠牲は何のためだったのか!という無念から「売国奴、スパイ、馬鹿、弱腰、優柔不断」と政治的に抹殺、悪くすれば暗殺されるかもしれません。新規路線派のリーダーが究極目標を公表できないのです。

逆に、新規路線派のリーダーの究極目標が既存路線派に気づかれてしまうと、龍馬のように暗殺されたり、戦前に反戦を唱えた首相が軍部に暗殺されたりされてしまうようなことになります。こういう場合には、政治的目標達成のために目指す先を大衆には隠しておくという手段が正当化されます。

ペテン師と稀代のリーダーの違い

大転換においてリーダーは1)現実を変えた後に大衆の意識が変え、2)究極目標を公表しない、ということは民衆からすれば、大転換におけるリーダーの判断が正しいか正しくないかは判断することが出来ないと言えます。熟練のリーダーは政治的決断を専門とする仕事をしていて、片や有権者はそれ以外の仕事を専門にしていて、余った時間に政治的議論を行います。政治的決断を下すためにつかえる時間資源からしても、リーダーはおそらくほとんどの大衆よりも問題を深く分析した上で決断を下せます。

議論後に議論前の結論に至ることにも価値がある このエントリーを含むはてなブックマーク」で紹介した登山の例で、既定路線派=今いる山を登る、新規路線派=より高い山を探す、という比喩で言うと、リーダーは大衆よりも遠くを見渡せる状態です。リーダーは今登っている山の先が崖になっていることを最初に気づくことが出来、より高い山の存在を最初に見つけることが出来ます。リーダーには見えているものが大衆には見えていないということが有り得るのです。リーダーは大衆にはまだ見えない風景を語ることになります。一方でより遠くを見渡していると思われている者が見えもしない展望を語るとき、その者はペテン師になります。ただし、その者が本当にその風景が見えているかどうかは、大衆には分かりません。大衆には見えない未来を語る者が本当に信頼に足るリーダーなのか、それとも信頼できないペテン師なのか多数決で決着をつけようという不完全なシステムが、現在の投票システムということが出来ます。

大転換を行うリーダーは、2)究極目標を公表せず、1)現実を変えた後に大衆の意識を変えるという難題が突きつけられているのです。さらに、既存方針から考え変えない大衆からは「売国奴、スパイ、馬鹿、弱腰、優柔不断」と罵倒され、さらには「夢見がち、理想主義者、荒唐無稽」などと罵られることになります。日本では新規路線派は鳩山首相、フランスではセゴレーヌ・ロワイヤル氏、米国ではオバマ氏です。どちらも上のように批判されていることから、問題は同じところにあるように思います。誰がペテン師で誰が稀代のリーダーかは分かりません。今後の日本は、衰退する米国と台頭するアジア、結束する欧州という新事態に対処するために、いつかの時点で大転換を決定をする必要が生じます。そのとき、「売国奴、スパイ、馬鹿、弱腰、優柔不断、夢見がち、理想主義者、荒唐無稽」という言葉が出てきたら、少なくともペテン師と稀代のリーダーを区別する手段はないと謙虚な疑念を持ちながら見ていく必要があります。
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Orléans, France
議論後に議論前の結論に至ることにも価値がある このエントリーを含むはてなブックマーク」と「普天間基地問題における三つの勘違い このエントリーを含むはてなブックマーク」では普天間基地問題について私見を書いてきました。記事には合わせて約35個のコメントがつけられ、BLOGOSに転載されている記事も合わせると、合計100以上のコメント(33コメント52コメント)を頂きました。政治的な話題では、批判的なコメントも多かったですが、このエントリでは普天間基地問題に関して自分の意見をまとめておこうと思います。

議論後に議論前の結論に至る方が価値が高い

議論後に議論前の結論に至ることにも価値がある」のエントリでは議論した後に、議論する前の結論になってもそれはそれで価値があるという意見を書きました。「内田樹の研究室」ではそれより一歩進んで、議論後に議論前の結論に至る方が、価値が上がるという例が挙げられていたので紹介します。いわく、抑止力というのは疑心暗鬼によって起こるので、散々騒いだ結果の決断は、日本を侵略する勢力から見ると重い決断に見えるという意見です。日本を攻める側から見てみると、そこに最もあって欲しくないものがあるという前提で作戦を立てることになるそうです。
普天間 「それ」の抑止力 (内田樹の研究室) 普天間 「それ」の抑止力 (内田樹の研究室)
あるのかないのかわからないものについては、それが危険なものであれば、とりあえず「ある」ことにして対応する、という人間心理のことである。「それ」について黙っていれば、「日本国内には強大な抑止力があるかもしれない(ないかもしれないけど)」という疑心暗鬼の状態に東アジア諸国を置くことができる。
うまくすれば、「それ」がないまま何十年か、「ある」ふりをして「はったり」をかますことができる。
普通に読めば「それ」は核兵器だということになりますが、核兵器が沖縄にあることの価値は軍事に詳しいブロガーから否定されています。
それでも、日本を攻める側が沖縄に基地を置くという日米の結論を重く見て、あって欲しくないものがあるという疑心暗鬼にかられることはあるかと思います。「議論後に議論前の結論に至ることにも価値がある」のエントリは、いろんな政策全般について書いたものですが、普天間基地問題のように相手に疑心暗鬼を起こさせると価値がより上がる議論もあることに気づきました。

欲しくても必要なくとも「要らない」と言った方がいい

軍事的に見て、沖縄に基地が必要なのか必要ではないのかは、よく分かりません。それでも必要でも必要でなくとも、「必要ない」と言った方が交渉が有利になることは分かります。基地が必要ない場合は、まず「必要ない」と言うことが第一歩となります。逆に、基地がどうしても必要であっても、「どうしても欲しい」と言ってしまうと、日本側の交渉力は大幅に弱まってしまいます。欲しいといってしまうと、足元を見られることになるからです。基地が必要な場合にも、まず「必要ない」と言ってから、米国がどうしても必要だったら置かせてあげても良いというふうに持っていった方が交渉が有利になります。交渉が有利になれば、思いやり予算と呼ばれることのある「日本側負担駐留経費」(現在までに総額3兆円超)を減額できたり、今度暴行事件を起こしたら出てってもらうよと言うような米軍に対するプレッシャーにもなります。

交渉ごとでは、とりあえず欲しくとも欲しくない振りをするのは常套手段です。その点、今回の騒動では、代替予定地になったところでは反対運動が起きてますし、基地が日本国民に望まれていないことがアピールできたことは今後の交渉を有利に進められる可能性があります。普天間基地問題における三つの勘違い このエントリーを含むはてなブックマークでも述べましたが、アメリカにとってはこの問題は優先事項ではないので、多少の譲歩は望めるかもしれません。

今回の基地問題では、1)議論して結論を出したこと、2)疑心暗鬼による抑止力アップ、3)米国に対する交渉力のアップ、となかなかの成果があったように思います。首相に対するバッシングをみている限り、有権者がそれを評価するかどうかは別問題だと思いますが。

対立する意見にバカといわない議論が将来必要になる

過去2個のエントリとこのエントリで見てきたように、論点が存在する問題については、既定路線派にも新規路線派にもそれを正しいといえる論理があります。このことは「議論後に議論前の結論に至ることにも価値がある」では以下のように山登りに例えて紹介しました。
保守と革新の話は、登山に例えると分かりやすいと思うので紹介します。国民はなるべく高いところに登りたいのですが、高く登るには二つの方法があります。 一つは、傾斜が上に向いている方向に進むことです。こうすれば絶対に今より高いところへと進んでいくことができ、国民は満足します。もう一つの方法とは、 今登っている山が一番高い山かどうか考えることです。歩みを止めて周りを見回して考えてみます。今登っている山より高い山があれば、そちらを登り始めます。
来た道を登っている人には確かな位置の向上が見えていて、その道を登らない理由が見当たりません。逆に、その道の先が崖になっていることが見えて、隣に高い山が見えている人は、その山をまだ登ろうとしている人を止めたくなります。どちらも依って立つ理論があるので、見方によってどちらも正しいのです。

しかし現在、どちらも正しいと問題を複雑に考える人はあまりいなくて、日本の政治は瞬間的にエンターテイメントとして消費されるだけのコンテンツになっていると感じます。例えば、首相の馬鹿はこんなことも分からないのかと罵倒しながら優越感に浸り、権威ある米国の新聞が首相をルーピーと呼べば、やっぱり首相は馬鹿だと言った俺の方が正しかったと悦に入ります。その他、「やっぱり東大もスタンフォードも博士も馬鹿は馬鹿だな。必要なのはやっぱり(俺みたいな)正しい判断ができる知性だよ」、「えっ、そんな漢字も読めないの?俺なら小学六年生の時には読めたな。」とか、「カップラーメンの値段が分からないなんて相当な馬鹿だな」と優越感に浸るためだけのモノです。もちろん、民主主義ではどのような意見も必要な構成要素なので、瞬間的に優越感を生み出すエンターテイメントとして消費すること自体は、必ずしも否定されるべきだとは思いません。ただ、本当に重要なことを決定するために議論を先に進める要素ではないだけです。

今後の日本は、衰退する米国と台頭するアジア、結束する欧州という新事態に対処するために、いつかの時点で大転換を決定をする必要が生じると思われます。また、少子高齢化問題、労働問題、年金問題などなど、既存の考え方をがらっと転換する必要に迫られます。そういったときに、今までと違う考え方を愚かだと決めつけることなく、損得勘定を分析できるようになる必要があります。普天間基地問題における三つの勘違い このエントリーを含むはてなブックマークでは、普天間基地問題は上に挙げた問題に比べれば、些細な問題だと書きました。今後必要となる、多様な意見を健全に戦わせる態勢を構築する準備として、こういった多少小さい問題でトレーニングしておいた方が良いと思われます。
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Quiberon, France
議論後に議論前の結論に至ることにも価値がある このエントリーを含むはてなブックマーク」で述べた普天間基地の移設問題は、方針が二転三転していることを迷走ととらえて問題視する意見が多いようです。前エントリでは、首相は迷走しているように見せかけるためにわざとやっているという説を述べました。どこにも角を立てずに対米従属から離脱するにはなかなか聡明な案だと思います。

このエントリでは、前エントリに寄せられた反応を見て、噛み合ってない認識のズレを分析して紹介しようと思います。ずれてるポイントは1)首相は馬鹿、2)普天間は大問題、3)迷走を世界が笑ってる、だと思います。

鳩山首相は馬鹿

これが一番びっくりしたのですが、反対意見をいう人の殆どが、首相は馬鹿だと信じていることです。いつも冷静なブロガーなども、問題の結論として何故か首相は馬鹿だからという理論を持ってきています。僕はこれはどうしても信じられません。政治や外交のことなんて専門的にやった事が無い僕が、何十年も専門的に仕事をしてきたプロフェッショナルよりも、かしこい選択に辿りつけるなんて信じられません。

さらに馬鹿だからと言うのは説明としても成立していません。これを理由にするのは便利すぎるからです。例えば、
  • 日本人はなんで子供を生まないの? →馬鹿だから
  • アメリカ人はなんで中東で人を殺してるの? →馬鹿だから
  • フランス人はなんで五時に仕事終わるの? →馬鹿だから
  • 欧州はなんでひとつの国にならないの? →馬鹿だから
  • 中国人はなんで言論封殺を許容しているの? →馬鹿だから
  • 韓国人はなんで竹島を自国領って言いはるの? →馬鹿だから
  • 北朝鮮はなんで独裁政権が治めてるの? →馬鹿だから
  • ニートはなんで引きこもるの? →馬鹿だから
  • ...(略)...
一種の思考停止だと思います。日本ではおそらく首相をバカにした報道がなされているのでしょうが、これほどまでに皆が首相は馬鹿だと思い込んでいるのはちょっと怖いです。前エントリでは、「善意の愚者が意図せず事態を混迷させてしまった」と解釈されるのが鳩山首相にとっては最も都合が良いと書きました。なぜ意図的にやっている可能性を考えないか逆に不思議です。

普天間基地問題は宇宙の大問題

フランスから見ると日本は遠い国です。フランスはパリ以外は田舎って言われるぐらいにほとんどが人がいない土地です。世界最速を新幹線と競う弾丸列車TGVでも何時間も下の写真のような平野が延々と続きます。こんな広大な平地を東に抜けるとドイツがあります。その東には東欧諸国があります。その隣にはロシアがあって、いろいろ揉め事のある中東があります。その向こうにはインドがあって、さらにその向こう側には信じられないぐらいでっかい国、中国があります。そしてその先は海です。その海には寿司と漫画の国、小さな日本が浮かんでいて経済的に豊かで治安がいいらしい。これが一般的なフランス人の感覚です。
フランス人達にはそんな感覚でしょうが、僕にとっては重大な関心事です。太平洋に日本列島が浮かんでいなければ、宇宙がどれだけ大きかろうが、その中にどれだけの数の星があろうとも、全く関心が持てません。まさに、僕にとっては日本の問題は宇宙の大問題なのです。なので、世界の皆ががそう考えてると勘違いしがちですが、そう勘違いしては問題を取り違えます。

米軍は依然として圧倒的に世界最強です。米軍基地がどちらに数十キロ移動しようが、形勢にたいした変化はありません。日米が多少ぎくしゃくしようが、民主主義、市場経済システムを共有している国同士の信頼関係に大きな状況に変化はありません。米軍基地がどこになろうと世界情勢にとっては、ぶっちゃけ大した問題ではないのです。そして当事者のアメリカ自身も無関心でしょう。アメリカは外国のことには関心持ちませんし、真珠湾や貿易センタービルの攻撃みたいな、国民全員が奮い立つような理由が無い限り、アジアなんて特に関心外でしょう。アメリカはそういう国です。

鳩山政権の迷走を世界が笑っている

鳩山政権の迷走を世界が笑っているように言っている人がいますが、これもほとんど間違いです。世界のニュースというと英語を翻訳して、世界を知った気になっていますが、米国、英国経由の情報なんて、まさに相手側の当事者の言い分を聞いているだけです。そりゃあ、自分たちが不利になるような判断に否定的に報道するに決まっています。米国メディアが鳩山首相のことをLoopy(Alc辞書)と呼んだそうですが、偉大な大国のおおらかさが感じられず、衰退する大国の焦りしか感じません。一言コメントするなら、「米国必死だなwww」ですね。

英語のニュースをすぐに世界の人の標準的な声だと勘違いする人がいますが、英語のニュースだって日本語のニュースやフランス語のニュースと同じぐらいに、世界を色眼鏡で見ていることには変わりありません。下のビデオのようにアメリカ人はアメリカのニュースが偏っていることに意識的になっていますが、日本人はその色眼鏡に意識的になれていません。その結果、アメリカの意見が世界の意見のように見えてしまっているのです。下のビデオは「view subtitle」を押せば日本語の字幕が出せます。



相手側の当事者である米英以外のメディアで日本の判断を笑っているものはありますか?僕はフランス語が読めるのでちょっと見たところ、首相を馬鹿にしておちょくっているような記事は見当たりませんでした。

L'île japonaise de Toku mobilisée contre la venue des marines - LeMonde.fr
4月10日、日本の徳の島、海兵隊のに反対する招集
Nouvelle manifestation contre la base américaine d'Okinawa - LExpress.fr
4月25日、沖縄の米軍基地に対する新しいデモ
Japon: le Premier ministre Hatoyama renonce à déplacer une base américaine d'Okinawa | 24 heures
5月4日、日本:鳩山首相は沖縄米軍基地の撤収を諦める
Le Premier ministre japonais renonce à retirer une base américaine d'Okinawa - LExpress.fr
5月4日、日本の首相が沖縄の米軍基地の撤退を諦める

普通に考えれば、米軍基地が自国に存在する意味を自分で考えられて、その損得勘定を自分で分析出来る国のほうが賢いでしょう。いつまでも日本に従順でいて欲しいと考えている米英以外に、やっとまともな賢い国になれそうな状況を馬鹿にする国があるはずが無いのです。

まとめ

日本には米国の基地が必要だとする人から見るとこのエントリはどのように見えるでしょう。そんなにお得なモノなら置いてあげてもいいけど、どんな利益があるかは明らかにしてから置いて欲しいですね。やっぱり必要だっていうなら、必要なことがわかった進展です。まさに「議論後に議論前の結論に至ることにも価値がある このエントリーを含むはてなブックマーク」です。

対米従属から抜ける怖さと言うのは、自転車の補助輪を外す怖さみたいなものではないでしょうか。「支えておいてあげるから自転車をこいでごらん」と父親に言われて、こぎ始めたら父親が手を離したような怖さです。最初は怖いかも知れませんが、いつまでも補助輪に頼っていてはいけませんからね。練習するしかありません。これが前エントリで「四年間いろいろ考えてみればいい」と締めた理由です。聖徳太子は「日出る処の天子、書を日没する処の天子に致す」と国書して、中国と対等な関係を望み中国を怒らせ、華夷秩序からの離脱を果たしました。アメリカと対等な関係を望みアメリカを怒らせるのは怖いですか?父子のような特別な関係から普通の親友へ、徐々に慣れていかなければならないでしょう。

以下、関係するエントリを紹介します。

鳩山首相は馬鹿という結論の記事:
英語メディアの色眼鏡を間に受けている記事:

軍事的見地から見た記事:

「混乱」に理解を示す記事:

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