固定概念はしつこい。...(略)...しかしこのシリーズは、一般の人の描くイメージに徹底して抵抗するためのものではない。むしろ、固定概念をとっか かりとして利用し、このシリーズはそうであることを理解するために、独断的な論述の裏にかくれた真実の一部を明らかにするために書かれた。また、個々の主 題に対してニュアンスに富み、現状の知識に個性的な総括を提供するため、固定概念を近付けさせないためにかかれた。

もっと詳しく→Le Japon - idées reçues -
Le Japon - idées reçues -を翻訳しながら、フランス人達が考える日本を考えていこうと思います。"idées reçues"とは固定概念という意味で、日本に対する固定概念がいろいろと取り上げれていて、それに対する解説があるような本です。呼んだ章の感想を一つのエントリとして投稿し、このエントリをまとめとします。

導入
« 日本とその鏡 »
日本...絶対的な島か相対的な島か?
« 日本人は全員似ている »
« 島国根性は外国人から日本を守った »
« 1945年の敗戦以後、日本は経済的な奇跡を実現した »
« 日本は高度な技術の楽園である »
« 日本はロボットとマンガの国である »
« 日本人は全てをコピーする、そして改良する »
日本は住みにくい場所か?
« 日本はしょっちゅう自然災害を被っている »
« 日本は天然資源を欠いている »
« 日本は人員超過である »
« 日本は場所を欠いている »
« その伝統は自然との調和を賞賛するが、国は非常に汚染されている »
日本人は働き過ぎ、もしくは十分以上?
« 日本人は仕事中毒でバカンスをとることは無い »
« 日本人は生涯同じ会社に勤める »
« 女性は働かないで家にとどまる »
« 女性は男性と夫に従属している »
日本人は不気味?
« 日本の若者は絶望している »
« 感覚の帝国 »
« 日本社会はセックスと暴力に侵されている»
« ヤクザカミカゼの国である»
結論
割れた鏡
もっと知るために


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固定概念はしつこい。...(略)...しかしこのシリーズは、一般の人の描くイメージに徹底して抵抗するためのものではない。むしろ、固定概念をとっか かりとして利用し、このシリーズはそうであることを理解するために、独断的な論述の裏にかくれた真実の一部を明らかにするために書かれた。また、個々の主 題に対してニュアンスに富み、現状の知識に個性的な総括を提供するため、固定概念を近付けさせないためにかかれた。

もっと詳しく→Le Japon - idées reçues -
Le Japon - idées reçues -を翻訳しながら、フランス人達が考える日本を考えていこうと思います。"idées reçues"とは固定概念という意味で、日本に対する固定概念がいろいろと取り上げれていて、それに対する解説があるような本です。呼んだ章の感想を一つのエントリとして投稿し、このエントリをまとめとします。

導入
« 日本とその鏡 »
日本...絶対的な島か相対的な島か?
« 日本人は全員似ている »
« 島国根性は外国人から日本を守った »
« 1945年の敗戦以後、日本は経済的な奇跡を実現した »
« 日本は高度な技術の楽園である »
« 日本はロボットとマンガの国である »
« 日本人は全てをコピーする、そして改良する »
日本は住みにくい場所か?
« 日本はしょっちゅう自然災害を被っている »
« 日本は天然資源を欠いている »
« 日本は人員超過である »
« 日本は場所を欠いている »
« その伝統は自然との調和を賞賛するが、国は非常に汚染されている »
日本人は働き過ぎ、もしくは十分以上?
« 日本人は仕事中毒でバカンスをとることは無い »
« 日本人は生涯同じ会社に勤める »
« 女性は働かないで家にとどまる »
« 女性は男性と夫に従属している »
日本人は不気味?
« 日本の若者は絶望している »
« 感覚の帝国 »
« 日本社会はセックスと暴力に侵されている»
« ヤクザカミカゼの国である»
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割れた鏡
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大東亜会議の真実 アジアの解放と独立を目指して PHP新書 (PHP新書)実は本書を読むのは2回目です。日本で一度読み本は手放したのですが、パリのブックオフで見つけ書評を書いてみたく思い再購入しました。本書は「[書評] 福沢諭吉の真実」と同様に、一般的にいわれる内容と別の角度から見る本です。あの戦争を多面的に見つめるには、「戦争犯罪人が日本をめちゃくちゃにし、アジアを侵略して迷惑をかけた」という以外の別の見方を考察する必要があります。

この本はタイトルから受ける印象の、単なる”大東亜戦争”の肯定で終わっていません。欧米に支配されていたアジアの国々の指導者がどのように独立を成し遂げ、そのためにどのように日本と関わるか考えていたことが、多数の証言と共に紹介されます。日本の支配を批判する証言や、日本を利用し独立の闘争を加速する証言などです。日本の敗戦当時の1945年には、アジアには多数の植民地が残されていました。

1945年時点の植民地(wikipedia
戦後、フィリピン(1946)、インド(1947)、パキスタン(1947)、スリランカ(1948)、ビルマ(1948)、インドネシア(1949)と次々と独立していきます。



本書のサブタイトルである「アジアの解放と独立を目指して」というのは、戦争において日本が劣勢に立たされてから具体化して来たそうです。日本が戦う理由は、当初は「自存自衛」でした。戦争から2年近く経過した1943年4月、重光葵が「アジア解放」の理念を戦争目的に導入しました。
「大戦争を戦う日本には、戦う目的について堂々たる主張が無ければならぬ。自存自衛のために戦うというのは、戦う気分の問題で、主張の問題ではない」『重光葵著作集・1 昭和の動乱』(P.47)
開戦当初の2年間も戦争目的なしに戦争していたのは驚きです。「アジアの解放」が出て来た背景には、敗戦後をにらんだ構想があったそうです。
重光の本音は、日本の敗戦を予想し、日本が戦後のアジアに生きるためには、アジアの開放と独立という投資を行っておかなければならない、という点にあった。アジア諸国において、開放と独立が達成されるならば、たとえ日本が敗戦の憂き目に遭おうとも、アジア諸国は暗黙のうちに、日本の戦争の歴史的意味とアジアにおける日本の存在理由とを認めてくれるであろう、と考えたのである。(P. 47)
本書は、アジアの指導者が日本と共に戦った経緯が、証言と共に紹介されています。バー・モウ(ビルマ)、ホセ・ラウレル(フィリピン)、スバス・チャンドラ・ボース(インド)、スカルノ(インドネシア)、ハッタ(インドネシア)、アウン・サン(ビルマ)などです。僕が一番印象的だったのは、インドのボースでした。かれの証言は、日本の長所・短所を冷静に見つめ、どんなに情熱的にインド独立に身を捧げたかが伝わってくるからです。2つ引用します。
「枢軸国が戦争に勝つとしても、敗れるとしても、いずれにしてもイギリスはインドから駆逐されるであろう。もしもインドが他国の慈悲によって自由になったとすれば、われわれは間もなくその自由を喪失するに違いない。これがインド自由軍に対し、かれら自身の血を流すことを決意せしめた所以である」(『チャンドラ・ボースの生涯』)(P.151)
一方、国塚一乗はこう証言する。「日本訪問から帰って、ボースがいったことはね、日本という国が偉いことは認める。良い兵隊が要るし、良い技術者もいて、万事結構である。ただし日本には良き政治家(グッド・ステーツマン)がいない。これは致命的かもしれぬ、といっていたね」(P. 161)
最後に、外国人と太平洋戦争を話し合う時の注意すべきことを指摘しておきたいと思います。それは、この本に書いてあるように「日本はアジアの解放と独立を目的に戦ったんだ」と言わないことです。たとえそれが日本の戦争目的に書いてあり、その目的のために戦った日本軍人がいたとしても、各国の独立には各国の独立の英雄がいます。日本が各国を独立させたなどと言うことはは、各国の英雄の役割を軽視していると見られます。むしろ、各国の独立の英雄が日本と共に戦ってくれた、もしくは、他国の英雄が日本を独立の契機として利用した、と言うのが良いと思います。
大東亜会議の真実 アジアの解放と独立を目指して PHP新書 (PHP新書)
深田 祐介 (著)

昭和18年11月、大東亜会議開催さる
東条英機首相の代表演説
英国、オランダのアジア統治
裏切られ続けた一中国人の悲劇
全アジアの満州国化
策士の内なる理想主義
大東亜共同宣言
ジョヨボヨ伝説と日本軍
チャンドラ・ボースの進軍
東条内閣総辞職
ラウレル亡命
日本降伏
民族独立の夢
東亜解放のための戦争
大東亜共栄圏は日本の財産だ—福田和也との対話

昭和十八年十一月、戦時下の東京にタイ、ビルマ、インド、フィリピン、中国、満州国の六首脳が集まり、大東亜会議が開催された。史上初めて一堂に会したア ジア諸国の代表が「白人支配からの解放」を高らかに謳いあげた時、日本の戦争は、欧米帝国主義を模倣して権益を追求する侵略戦争から、アジア民族解放の大 義ある戦争へと大きく性質を変えたのであった—。“東京裁判史観の虚偽”を正し、大東亜会議が「アジアの傀儡を集めた茶番劇」ではけっしてなかったことを 明らかにする画期的労作。
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大東亜会議の真実 アジアの解放と独立を目指して PHP新書 (PHP新書)実は本書を読むのは2回目です。日本で一度読み本は手放したのですが、パリのブックオフで見つけ書評を書いてみたく思い再購入しました。本書は「[書評] 福沢諭吉の真実」と同様に、一般的にいわれる内容と別の角度から見る本です。あの戦争を多面的に見つめるには、「戦争犯罪人が日本をめちゃくちゃにし、アジアを侵略して迷惑をかけた」という以外の別の見方を考察する必要があります。

この本はタイトルから受ける印象の、単なる”大東亜戦争”の肯定で終わっていません。欧米に支配されていたアジアの国々の指導者がどのように独立を成し遂げ、そのためにどのように日本と関わるか考えていたことが、多数の証言と共に紹介されます。日本の支配を批判する証言や、日本を利用し独立の闘争を加速する証言などです。日本の敗戦当時の1945年には、アジアには多数の植民地が残されていました。

1945年時点の植民地(wikipedia
戦後、フィリピン(1946)、インド(1947)、パキスタン(1947)、スリランカ(1948)、ビルマ(1948)、インドネシア(1949)と次々と独立していきます。



本書のサブタイトルである「アジアの解放と独立を目指して」というのは、戦争において日本が劣勢に立たされてから具体化して来たそうです。日本が戦う理由は、当初は「自存自衛」でした。戦争から2年近く経過した1943年4月、重光葵が「アジア解放」の理念を戦争目的に導入しました。
「大戦争を戦う日本には、戦う目的について堂々たる主張が無ければならぬ。自存自衛のために戦うというのは、戦う気分の問題で、主張の問題ではない」『重光葵著作集・1 昭和の動乱』(P.47)
開戦当初の2年間も戦争目的なしに戦争していたのは驚きです。「アジアの解放」が出て来た背景には、敗戦後をにらんだ構想があったそうです。
重光の本音は、日本の敗戦を予想し、日本が戦後のアジアに生きるためには、アジアの開放と独立という投資を行っておかなければならない、という点にあった。アジア諸国において、開放と独立が達成されるならば、たとえ日本が敗戦の憂き目に遭おうとも、アジア諸国は暗黙のうちに、日本の戦争の歴史的意味とアジアにおける日本の存在理由とを認めてくれるであろう、と考えたのである。(P. 47)
本書は、アジアの指導者が日本と共に戦った経緯が、証言と共に紹介されています。バー・モウ(ビルマ)、ホセ・ラウレル(フィリピン)、スバス・チャンドラ・ボース(インド)、スカルノ(インドネシア)、ハッタ(インドネシア)、アウン・サン(ビルマ)などです。僕が一番印象的だったのは、インドのボースでした。かれの証言は、日本の長所・短所を冷静に見つめ、どんなに情熱的にインド独立に身を捧げたかが伝わってくるからです。2つ引用します。
「枢軸国が戦争に勝つとしても、敗れるとしても、いずれにしてもイギリスはインドから駆逐されるであろう。もしもインドが他国の慈悲によって自由になったとすれば、われわれは間もなくその自由を喪失するに違いない。これがインド自由軍に対し、かれら自身の血を流すことを決意せしめた所以である」(『チャンドラ・ボースの生涯』)(P.151)
一方、国塚一乗はこう証言する。「日本訪問から帰って、ボースがいったことはね、日本という国が偉いことは認める。良い兵隊が要るし、良い技術者もいて、万事結構である。ただし日本には良き政治家(グッド・ステーツマン)がいない。これは致命的かもしれぬ、といっていたね」(P. 161)
最後に、外国人と太平洋戦争を話し合う時の注意すべきことを指摘しておきたいと思います。それは、この本に書いてあるように「日本はアジアの解放と独立を目的に戦ったんだ」と言わないことです。たとえそれが日本の戦争目的に書いてあり、その目的のために戦った日本軍人がいたとしても、各国の独立には各国の独立の英雄がいます。日本が各国を独立させたなどと言うことはは、各国の英雄の役割を軽視していると見られます。むしろ、各国の独立の英雄が日本と共に戦ってくれた、もしくは、他国の英雄が日本を独立の契機として利用した、と言うのが良いと思います。
大東亜会議の真実 アジアの解放と独立を目指して PHP新書 (PHP新書)
深田 祐介 (著)

昭和18年11月、大東亜会議開催さる
東条英機首相の代表演説
英国、オランダのアジア統治
裏切られ続けた一中国人の悲劇
全アジアの満州国化
策士の内なる理想主義
大東亜共同宣言
ジョヨボヨ伝説と日本軍
チャンドラ・ボースの進軍
東条内閣総辞職
ラウレル亡命
日本降伏
民族独立の夢
東亜解放のための戦争
大東亜共栄圏は日本の財産だ—福田和也との対話

昭和十八年十一月、戦時下の東京にタイ、ビルマ、インド、フィリピン、中国、満州国の六首脳が集まり、大東亜会議が開催された。史上初めて一堂に会したア ジア諸国の代表が「白人支配からの解放」を高らかに謳いあげた時、日本の戦争は、欧米帝国主義を模倣して権益を追求する侵略戦争から、アジア民族解放の大 義ある戦争へと大きく性質を変えたのであった—。“東京裁判史観の虚偽”を正し、大東亜会議が「アジアの傀儡を集めた茶番劇」ではけっしてなかったことを 明らかにする画期的労作。
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Versailles, France
仏語本「Le Japon 固定観念」の「日本は高度な技術の楽園である」という固定観念に関する章を読んでみました。

まずはじめに、「1945年の敗戦以後、日本は経済的な奇跡を実現した(Le Japon)」との関連で説明されています。「日本の『高度な技術の楽園』という固定概念は『日本の奇跡』の中に位置づけられる。二つは同語反復である:日本は高度技術の財産を製造する、よって日本は強力で、高度技術によって日本は経済的奇跡を実現した。(P.29)」

この章の展開は、まず19世紀の明治維新前後に、当時の日本を見たヨーロッパ人の言説が紹介され、現在の日本について考察します。De Charlevoix (1852)は、「技術は中国の借り物であるけれども、日本の機械技術は異常に完成されている。(P.30)」と書き残していて、Théodore Duret (1874)は「家から盆栽まで全てが小さい、お茶を飲むコップなどはホタテの貝殻のようだ。(p.30)」と書いています。

この二つの言説から今の日本が説明されます。本書いわく、
明治維新は技術的断絶ではなく、すでに存在していた傾向の増幅であった。本当の新しさは、元の技術的能力の永続性を覆い隠さないはずで、それらは当時発達した知識水準に組合わさった。
La restauration Meiji n'a pas une rupture technologique mais une amplification de tendances qui existaient déjà. Les réelles nouveauté ne doivent pas masquer la permanence de l'aptitude technique initiale, combinée avec un niveau général d'instruction déjà élevé pour l'époque. (P.31)
小型化(これは小さい家を持った住人に好まれる)と技術導入が日本の経済的成功の要因だと解説されていました。最後は、日本の成功の要因と弱点に付いて書かれていました。最後にちょこっとだけ、とげを入れておく辺りが、物事を多面的に見たがるフランス人ぽいと感じました。
この実践主義(世界の技術特許の新製品への導入に掛ける意志)が”純粋研究”において一定の後れをひき起こし、巨大な経済的利益をあげるのである。
Ce pragmatisme entraîne un certain retard dans la «recherche pure» mais se traduit par d'énormes gains économiques. (P.32)
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Versailles, France
仏語本「Le Japon 固定観念」の「日本は高度な技術の楽園である」という固定観念に関する章を読んでみました。

まずはじめに、「1945年の敗戦以後、日本は経済的な奇跡を実現した(Le Japon)」との関連で説明されています。「日本の『高度な技術の楽園』という固定概念は『日本の奇跡』の中に位置づけられる。二つは同語反復である:日本は高度技術の財産を製造する、よって日本は強力で、高度技術によって日本は経済的奇跡を実現した。(P.29)」

この章の展開は、まず19世紀の明治維新前後に、当時の日本を見たヨーロッパ人の言説が紹介され、現在の日本について考察します。De Charlevoix (1852)は、「技術は中国の借り物であるけれども、日本の機械技術は異常に完成されている。(P.30)」と書き残していて、Théodore Duret (1874)は「家から盆栽まで全てが小さい、お茶を飲むコップなどはホタテの貝殻のようだ。(p.30)」と書いています。

この二つの言説から今の日本が説明されます。本書いわく、
明治維新は技術的断絶ではなく、すでに存在していた傾向の増幅であった。本当の新しさは、元の技術的能力の永続性を覆い隠さないはずで、それらは当時発達した知識水準に組合わさった。
La restauration Meiji n'a pas une rupture technologique mais une amplification de tendances qui existaient déjà. Les réelles nouveauté ne doivent pas masquer la permanence de l'aptitude technique initiale, combinée avec un niveau général d'instruction déjà élevé pour l'époque. (P.31)
小型化(これは小さい家を持った住人に好まれる)と技術導入が日本の経済的成功の要因だと解説されていました。最後は、日本の成功の要因と弱点に付いて書かれていました。最後にちょこっとだけ、とげを入れておく辺りが、物事を多面的に見たがるフランス人ぽいと感じました。
この実践主義(世界の技術特許の新製品への導入に掛ける意志)が”純粋研究”において一定の後れをひき起こし、巨大な経済的利益をあげるのである。
Ce pragmatisme entraîne un certain retard dans la «recherche pure» mais se traduit par d'énormes gains économiques. (P.32)
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大丈夫な日本 (文春新書)
この本はおすすめできません。感じ方は読者によって違うので、本ブログの書評は僕には面白くない本も面白かった部分だけ抜き出して記録しているのですが、この本は面白かった部分を抜き出すより、共感できなかったところを抜き出す方がよいです。というのも、この本をそのまま信じるのがかなりまずいからです。

この世界は、石油を燃料にして加速し続け、規模を拡大し続けなければシステムが維持できない資本主義のシステムによって動いています。いつか限界が来ることは誰もが知っています。しかし、社会で働き、生きていくには、この拡大し続ける仕組みに従っていくしかありません。本書では、1〜3章で、この問題に対する解答として、日本の江戸時代を挙げています。妥当な論理もありますが、言うなれば「昔に戻れ」ということです。石油も自動車も無い社会では確かにはるかにエコなシステムを実現できるでしょう。でも、それが出来ないから難問なのです。

「第4章 世界の覇者アメリカが堕ちるとき」では、20世紀のイギリスの没落をもとにアメリカの落日を論じています。歴史上、永久に覇者だった国は無いのですから、大げさに解説しなくとも常識というべきでしょう。

5章の中国関連は予備知識が無く信じてしまうと最も危険です。恥ずかしながら3〜4年前には、僕自身もこういった考え方をしていたと告白します。まず、日本の対中政策への提言です。
対日本で、米中の手を組ませないというのは、日本の地政学的な政策の、基本中の基本なのです。アメリカが今後、戦前にもあった中国への錯覚、「戦略的パー トナー」のような幻想と甘い思い込みに引きずられないように、日本はさまざまに働きかける必要があります。(P. 154)
ようは、米中が仲良しにならぬように常に邪魔をしろということです。言いかえると米中対立は日本の利益になるということです。本当にそうでしょうか?そうではありません。共に覇権を目指すアメリカと中国が激突することこそ、日本を危機に陥れると考えます。核兵器を所有する米中二大大国の覇権争いに、アメリカの前線基地となった日本が、参戦するのが利益でしょうか...。逆に米中の関係が険悪になったら、日本が二国の手を携えるぐらいの度量が必要だと考えます。日本の指導者が上の引用のような稚拙な論理に惑わされることは無いでしょうが...。

次に、中国関連の経済の話。
1992年、鄧小平が広州などをまわった時に発表した南巡談話には、「成長は全てを解決する」という一節がありました。それを実現するために中国がやって来たことは、まず外資を導入し、合弁企業をつくり、そこで徹底的にノウハウを盗む。その後は、そのノウハウを使って別会社をつくり、別会社が順調に動き出すと、元の合弁企業に難癖をつけて潰してしまうか、撤退させてしまう。そういう方法で、あらゆるモノをつくってきました。 (P. 174)
中国はノウハウを盗みながら、成長するらしいです...。まるで昔、ヨーロッパが成長するアメリカへ、欧米が成長する日本へ言っていたような、「コピーしか出来ない人達」というレッテル貼りみたいです。仮に上の断定が経営者に知れ渡っている真実だとすると、世界の企業が中国で作っている合弁企業の経営者は、ノウハウだけ盗まれに、中国に進出しているのでしょうか...。もちろん違います。もっと先の将来を見据えて中国に進出しているのです。これも企業を引っ張る経営者達が上の引用のような断言に惑わされることも無いでしょうが...。

また、中国は、「まともに考えれば、無事に発展を続けられるような要素はほとんどないのです。(P.184)」と断定しているのですが、理由として環境破壊/資源不足など日本の時も欧米から散々に言われた表現を言い回しています。日本に出来たことを、中国に出来ないと断定することがどれほど不可能であるかということに気づきましょう(当然、出来るとも言えませんが)。

全体を読んでみて、もしかしたら著者は冗談を集めて書いているのではないかと疑いました。僕の考え過ぎでしょうか、膨大な断定の数々から著者のこらえ笑いが漏れ聞こえるような気もします。もしかして著者は全力でボケていて、本書はツッコミ待ちだったのかも知れません。もしそうだとしたら、無粋なツッコミ失礼しました。本書を読む時は丸呑みしないように気をつけてください。
大丈夫な日本 (文春新書)
福田 和也 (著)

第1章 さらば右肩上がりの時代
第2章 群雄割拠が磨いた国家経営のノウハウ
第3章 江戸システムの先進性
第4章 世界の覇者アメリカが堕ちるとき
第5章 中国との距離感を歴史に学ぶ
第6章 わが国の針路

人口減少、財政赤字、中国台頭、階層化-。どれも、怖るるに足りず。日本という国家が再建し発展していくためのグランドデザインを、教育、経済、外交、エネルギー、倫理などの面から語り尽くす。これで日本の未来も安心だ!
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