Venice, Italy
パリも暖かくなってきて、夏のヴァカンスのための予定を考える時期です。旅をするとホテル代もかさむので安くいろいろなところをまわりたいなと思います。こういった時には、ある都市への往復チケットを買うのではなく、行きと帰りを別々に違う都市から発着した方が効率的に都市をまわれます。つまり、パリ→ミラノのチケットとピサ→パリのチケットを買っておいて、旅先でミラノからピサへ移動する途中でいろいろな都市をまわっていくという方法です。

大手の航空会社は往復でチケットを買った方が安く済む場合が多いのですが、RyanairEasyJetClickairといった格安航空を提供している会社のチケットは片道でも往復でもかなり安いのです。こういった会社は、時期によってパリ→ミラノのチケットを5ユーロで提供したりしています。なんという価格破壊。パリ郊外からパリに出るのと同じ価格でパリからミラノに行けてしまうのです。どの時期にどの都市からどの都市へのチケットが安いのか調べるのに便利なサイトがあります。チケットの比較サイトで、BravoFlyeDreamsです(どちらも検索は無料で、チケットを購入すると手数料は10ユーロぐらい)。

オススメはBravoFlyです。これだと、先に行きたい都市を決めていなくとも「7月か8月にパリからイタリア、オーストリアあたりで安く行けるところないかな」と探すことが出来ます。旅行する時期に自由が利く学生には最高のサービスです。つまりこのサービスでは行く先の都市を指定しないで、だいたいのエリアを指定できるのです。安く行ける都市が行きたい都市とは違ったとしても、都市間は電車で移動すれば両方観光できてお得です。上の条件をココで指定してみたのがこれです。7月4日と7日にはパリ→ミラノが10ユーロで行けるみたいです。詳しく見てみると現在は5ユーロのもありました。

さくっとシミュレーションしてみるとこんな感じ。

パリ
↓  7月7日(飛行機:Ryanair、5ユーロ)
ミラノ
↓  7月8日(電車:Trenitalia、25ユーロ)
ヴェネチア
↓ 7月9日(電車: Trenitalia、25ユーロ)
フィレンツェ
↓ 7月10日(電車: Trenitalia、5ユーロ)
ピサ
↓ 7月11日(飛行機: Ryanair、27ユーロ)
パリ


View イタリア旅行シミュレーション in a larger map

パリからイタリア4都市をまわる4泊5日の旅行の移動費は約90ユーロです。イタリアの鉄道料金はTrenitaliaで調べられます(フランスの場合はSNCFのサイトで調べられます)。ヨーロッパ各都市間の主な所要時間をまとめた地図がInterRailsにありました。旅の予定を立てるのに重宝しそうです。

参照:http://www.interrailnet.com/interrail-travel-times

格安航空券を利用する際の注意として、まずマイナーな空港が使われることがあるということがあります。パリでいうとシャルルドゴールやオルリー空港といった有名どころ以外のBeauvais-tille airportが使われることがあります。また、荷物を積み込むのに重量に応じた追加料金がかかります(持ち込みの手荷物は無料)。さらに機内食やドリンクは有料になります。格安航空券は、従来は元からチケット料金に組み込まれていたサービスを、オプションにしたことでコストカットしているので、しょうがないですね。

行きたい都市のチケットが高かった場合に近くの都市を利用して安く旅したり、経由地を増やしてまわる箇所を増やしたりいろいろ考えるのは楽しいですね。もっといい方法を知っている方がいらっしゃったらぜひ教えてください。それでは、良い休暇を。Bonnes vacances!
Read More ...

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Venice, Italy
パリも暖かくなってきて、夏のヴァカンスのための予定を考える時期です。旅をするとホテル代もかさむので安くいろいろなところをまわりたいなと思います。こういった時には、ある都市への往復チケットを買うのではなく、行きと帰りを別々に違う都市から発着した方が効率的に都市をまわれます。つまり、パリ→ミラノのチケットとピサ→パリのチケットを買っておいて、旅先でミラノからピサへ移動する途中でいろいろな都市をまわっていくという方法です。

大手の航空会社は往復でチケットを買った方が安く済む場合が多いのですが、RyanairEasyJetClickairといった格安航空を提供している会社のチケットは片道でも往復でもかなり安いのです。こういった会社は、時期によってパリ→ミラノのチケットを5ユーロで提供したりしています。なんという価格破壊。パリ郊外からパリに出るのと同じ価格でパリからミラノに行けてしまうのです。どの時期にどの都市からどの都市へのチケットが安いのか調べるのに便利なサイトがあります。チケットの比較サイトで、BravoFlyeDreamsです(どちらも検索は無料で、チケットを購入すると手数料は10ユーロぐらい)。

オススメはBravoFlyです。これだと、先に行きたい都市を決めていなくとも「7月か8月にパリからイタリア、オーストリアあたりで安く行けるところないかな」と探すことが出来ます。旅行する時期に自由が利く学生には最高のサービスです。つまりこのサービスでは行く先の都市を指定しないで、だいたいのエリアを指定できるのです。安く行ける都市が行きたい都市とは違ったとしても、都市間は電車で移動すれば両方観光できてお得です。上の条件をココで指定してみたのがこれです。7月4日と7日にはパリ→ミラノが10ユーロで行けるみたいです。詳しく見てみると現在は5ユーロのもありました。

さくっとシミュレーションしてみるとこんな感じ。

パリ
↓  7月7日(飛行機:Ryanair、5ユーロ)
ミラノ
↓  7月8日(電車:Trenitalia、25ユーロ)
ヴェネチア
↓ 7月9日(電車: Trenitalia、25ユーロ)
フィレンツェ
↓ 7月10日(電車: Trenitalia、5ユーロ)
ピサ
↓ 7月11日(飛行機: Ryanair、27ユーロ)
パリ


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パリからイタリア4都市をまわる4泊5日の旅行の移動費は約90ユーロです。イタリアの鉄道料金はTrenitaliaで調べられます(フランスの場合はSNCFのサイトで調べられます)。ヨーロッパ各都市間の主な所要時間をまとめた地図がInterRailsにありました。旅の予定を立てるのに重宝しそうです。

参照:http://www.interrailnet.com/interrail-travel-times

格安航空券を利用する際の注意として、まずマイナーな空港が使われることがあるということがあります。パリでいうとシャルルドゴールやオルリー空港といった有名どころ以外のBeauvais-tille airportが使われることがあります。また、荷物を積み込むのに重量に応じた追加料金がかかります(持ち込みの手荷物は無料)。さらに機内食やドリンクは有料になります。格安航空券は、従来は元からチケット料金に組み込まれていたサービスを、オプションにしたことでコストカットしているので、しょうがないですね。

行きたい都市のチケットが高かった場合に近くの都市を利用して安く旅したり、経由地を増やしてまわる箇所を増やしたりいろいろ考えるのは楽しいですね。もっといい方法を知っている方がいらっしゃったらぜひ教えてください。それでは、良い休暇を。Bonnes vacances!
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愚か者、中国をゆく (光文社新書)
幼い頃から中国に興味を抱き続けてきた(p.5)”という著者が中国を旅した記録です。この本に収録されているのは、1986-1987年ごろの中国の話で、著者が大学3-4年生だった頃の記録です。香港ー広州ー西安ー蘭州ー嘉峪関ーシルクロードーウイグルと今でも少し冒険のような道のりですが、筆者が旅した時代は天安門事件よりも前の時代です。その頃の時代の雰囲気を良く描いていて面白かったです。旅人の心理や、旅を共にしたアメリカ人のマイケルとの人間関係、出会った人々の様子や、当時の中国にありふれていた不条理と不合理が分かりやすく描かれています。その状況に戸惑い、順応していく筆者の過程を読み取れるのが興味深いです。下に本書の道のりを地図で作ってみました。


より大きな地図で 愚か者、中国へいく を表示

当時の中国は不合理と不条理の嵐でした。いろいろありすぎて迷いますが、とくに衝撃だったのは、硬座切符についての話でした。硬座とは文字通り硬い座席のことです。これがものすごいのです。まず、筆者は初めて「硬座」についてアメリカ人学生から、こう聞いて興味を持ちます。
「さすがに硬座だけはおすすめしないよ。硬座に乗ると......心が壊れる。」(略)
「でも率直に言わせてもらうけど.....硬座に乗ったことの無い人間に、中国を語る資格はないかもしれないな」(p.60)
筆者は実際に体験することになった硬座は、第三章に「硬座の悪夢 (p.156)」として描かれています。これはちょっと笑っちゃうぐらい不条理で、上の言葉がそれほど誇張じゃないような気がするぐらいです。

切符も資本主義の国で育った筆者にとって不条理と不合理の嵐です。そもそも目当ての切符が無い窓口に半日並ばされたり、切符を買うだけのために何日も列に並ぶハメになったり、ものすごい状況でした。駅をおりるごとに切符に右往左往するハメになる筆者はだんだん以下のような状態になります。
列車から降りて切符を手放した途端、わたしは不安にかられて切符を買いに行こうとする。まるで切符が手の中になければこれ以上、一秒たりとも呼吸ができないかのようだ。ここまでくると、もう切符依存症だった。切符はもはや、それ本来の役割を大きく逸脱し、それこそ本当に天国、あるいは地獄へ通じる門の通行証のような存在になりつつあった。(p.143)
いろいろな経験を積んで、どんな状況であっても切符が簡単に手に入ることがあり得ないことを学びます。まるでなぞなぞだと考えるようになります。
混んでいても手に入らない。すいていても手に入らない。大きな駅でも手に入らないし、小さな駅でも手に入らない。このなぞなぞのような現象を、どうしても理解したい。(p.226)
筆者が考えに考えて行き着いた結論が以下の通りです。あきらめの境地になっています。
つまり切符ごときに一喜一憂するほうが馬鹿だということだった。手に入ろうが手に入るまいが、どちらもたいした問題ではない。それこそがこの世界で生きる人民の持つべき心構えなのだ。(p.229)
筆者が20年後の2005年に中国を旅行した際に、若い中国人の大学生にこの旅の話をしたときには、まったく信じられないといったような反応だったそうです。それほど、中国のこの20年間の変化はすさまじいものだったということでしょう。

筆者は旅で起こるできことや、人々の様子、中国のシステムについていろいろな考察を加えていて、それも面白いのですが、一番興味深いのは「日本の敗戦記念日=中国の天安門事件」という考察です。なるほどなと思いました。
改革開放政策の自由な空気に触発されて民主化要求が一気に高まり、それが弾圧されたのが天安門事件だった。この一件を通して人々は、政治的自由を主張しない限り、経済活動の自由は保証する、という政府の強い意志を感じとった。そして心の中に開かずの間を作っていいたいことを封印し、経済活動に邁進してきたのだ。...(略)...
中国悲願の北京オリンピックが開催されるのが2008年8月。天安門事件から十九年と二か月後のことである。/この時間の流れと奇妙に符合するのが、なんと日本の歴史である。/日本の敗戦が1945年8月15日。そして悲願の東京オリンピックが開催されたのが、まさに十九年と二か月後の1964年10月のことだった。...(略)...だとしたら中国人の人々にとって天安門事件が起きた1989年6月4日というのは、日本人にとっての1945年8月15日のように、ある意味、敗戦記念日ということになるのだろう。それまでのことはとりあえず棚上げし、経済活動に集中することを決意させられた日なのだから。(p.319)
最後に、駅で待っているときに隣に座った男が、無料の水を群衆の中に持っていき洗顔できるサービスを思いついたバイタリティに対してこんな感想を述べています。全く次元が違う人間同士が隣り合っている滑稽さをこういう風に書けるのがすばらしいと思います。書評とは関係ないですが、あとで読みたいので引用させていただきます。
男は、ゼロから利益を生む魔法みたいな商売はどこかにないかと必死で考えている。一方私は、てのひらの上にある、たいした労働もせずに日本人駐在員の息子をだまくらかして得たアルバイト代を見つめ、この金がなくなるまでにどんな体験が出来るのかを考えている。男は手の中の金が増えることが豊かさにつながると信じ、私は手の中の金が減れば減るほど、自分の人生は豊かになっていくものだと信じている。しかしお互い、男のてのひらがいっぱいになった時、そして私の手のひらがからっぽになった時、何が待ち受けているのかは知らない。(p.282)

愚か者、中国をゆく (光文社新書)
星野博美 (著)

◎ 目次
はじめに 餃子とJAPANと四人組
第一章 香 港
第二章 広 州
第三章 西安から蘭州へ
第四章 嘉峪関まで
第五章 シルクロード
第六章 ウイグル
第七章 旅の終わり
第八章 それから
おわりに 時代遅れの地図

中国に関する報道や批評などを目にした時に
外部の人間がイメージする中国という国と、人民の実生活
には大きな隔たりがある、というのが、二〇年近く、
なんとなく中国と関わり続けてきた私の実感だ。
それらを「情報」と呼ぶなら、情報によって喚起される
イメージを鵜呑みにすると中国はどんどん見えなくなるぞ、
という一種の警戒感のようなものは、
たびたび中国を旅行していたこの時期に
培ったと思っている。(「はじめに」より)
交換留学生として香港に渡った著者は、
一九八七年、アメリカの友人、マイケルと中国旅行に出る。
中国社会が大きな変化を迎えたこの時期に、
何を感じ、何を見たのか----。
「大国」の本質を鋭くとらえた貴重な記録。
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愚か者、中国をゆく (光文社新書)
幼い頃から中国に興味を抱き続けてきた(p.5)”という著者が中国を旅した記録です。この本に収録されているのは、1986-1987年ごろの中国の話で、著者が大学3-4年生だった頃の記録です。香港ー広州ー西安ー蘭州ー嘉峪関ーシルクロードーウイグルと今でも少し冒険のような道のりですが、筆者が旅した時代は天安門事件よりも前の時代です。その頃の時代の雰囲気を良く描いていて面白かったです。旅人の心理や、旅を共にしたアメリカ人のマイケルとの人間関係、出会った人々の様子や、当時の中国にありふれていた不条理と不合理が分かりやすく描かれています。その状況に戸惑い、順応していく筆者の過程を読み取れるのが興味深いです。下に本書の道のりを地図で作ってみました。


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当時の中国は不合理と不条理の嵐でした。いろいろありすぎて迷いますが、とくに衝撃だったのは、硬座切符についての話でした。硬座とは文字通り硬い座席のことです。これがものすごいのです。まず、筆者は初めて「硬座」についてアメリカ人学生から、こう聞いて興味を持ちます。
「さすがに硬座だけはおすすめしないよ。硬座に乗ると......心が壊れる。」(略)
「でも率直に言わせてもらうけど.....硬座に乗ったことの無い人間に、中国を語る資格はないかもしれないな」(p.60)
筆者は実際に体験することになった硬座は、第三章に「硬座の悪夢 (p.156)」として描かれています。これはちょっと笑っちゃうぐらい不条理で、上の言葉がそれほど誇張じゃないような気がするぐらいです。

切符も資本主義の国で育った筆者にとって不条理と不合理の嵐です。そもそも目当ての切符が無い窓口に半日並ばされたり、切符を買うだけのために何日も列に並ぶハメになったり、ものすごい状況でした。駅をおりるごとに切符に右往左往するハメになる筆者はだんだん以下のような状態になります。
列車から降りて切符を手放した途端、わたしは不安にかられて切符を買いに行こうとする。まるで切符が手の中になければこれ以上、一秒たりとも呼吸ができないかのようだ。ここまでくると、もう切符依存症だった。切符はもはや、それ本来の役割を大きく逸脱し、それこそ本当に天国、あるいは地獄へ通じる門の通行証のような存在になりつつあった。(p.143)
いろいろな経験を積んで、どんな状況であっても切符が簡単に手に入ることがあり得ないことを学びます。まるでなぞなぞだと考えるようになります。
混んでいても手に入らない。すいていても手に入らない。大きな駅でも手に入らないし、小さな駅でも手に入らない。このなぞなぞのような現象を、どうしても理解したい。(p.226)
筆者が考えに考えて行き着いた結論が以下の通りです。あきらめの境地になっています。
つまり切符ごときに一喜一憂するほうが馬鹿だということだった。手に入ろうが手に入るまいが、どちらもたいした問題ではない。それこそがこの世界で生きる人民の持つべき心構えなのだ。(p.229)
筆者が20年後の2005年に中国を旅行した際に、若い中国人の大学生にこの旅の話をしたときには、まったく信じられないといったような反応だったそうです。それほど、中国のこの20年間の変化はすさまじいものだったということでしょう。

筆者は旅で起こるできことや、人々の様子、中国のシステムについていろいろな考察を加えていて、それも面白いのですが、一番興味深いのは「日本の敗戦記念日=中国の天安門事件」という考察です。なるほどなと思いました。
改革開放政策の自由な空気に触発されて民主化要求が一気に高まり、それが弾圧されたのが天安門事件だった。この一件を通して人々は、政治的自由を主張しない限り、経済活動の自由は保証する、という政府の強い意志を感じとった。そして心の中に開かずの間を作っていいたいことを封印し、経済活動に邁進してきたのだ。...(略)...
中国悲願の北京オリンピックが開催されるのが2008年8月。天安門事件から十九年と二か月後のことである。/この時間の流れと奇妙に符合するのが、なんと日本の歴史である。/日本の敗戦が1945年8月15日。そして悲願の東京オリンピックが開催されたのが、まさに十九年と二か月後の1964年10月のことだった。...(略)...だとしたら中国人の人々にとって天安門事件が起きた1989年6月4日というのは、日本人にとっての1945年8月15日のように、ある意味、敗戦記念日ということになるのだろう。それまでのことはとりあえず棚上げし、経済活動に集中することを決意させられた日なのだから。(p.319)
最後に、駅で待っているときに隣に座った男が、無料の水を群衆の中に持っていき洗顔できるサービスを思いついたバイタリティに対してこんな感想を述べています。全く次元が違う人間同士が隣り合っている滑稽さをこういう風に書けるのがすばらしいと思います。書評とは関係ないですが、あとで読みたいので引用させていただきます。
男は、ゼロから利益を生む魔法みたいな商売はどこかにないかと必死で考えている。一方私は、てのひらの上にある、たいした労働もせずに日本人駐在員の息子をだまくらかして得たアルバイト代を見つめ、この金がなくなるまでにどんな体験が出来るのかを考えている。男は手の中の金が増えることが豊かさにつながると信じ、私は手の中の金が減れば減るほど、自分の人生は豊かになっていくものだと信じている。しかしお互い、男のてのひらがいっぱいになった時、そして私の手のひらがからっぽになった時、何が待ち受けているのかは知らない。(p.282)
愚か者、中国をゆく (光文社新書)
星野博美 (著)

◎ 目次
はじめに 餃子とJAPANと四人組
第一章 香 港
第二章 広 州
第三章 西安から蘭州へ
第四章 嘉峪関まで
第五章 シルクロード
第六章 ウイグル
第七章 旅の終わり
第八章 それから
おわりに 時代遅れの地図

中国に関する報道や批評などを目にした時に
外部の人間がイメージする中国という国と、人民の実生活
には大きな隔たりがある、というのが、二〇年近く、
なんとなく中国と関わり続けてきた私の実感だ。
それらを「情報」と呼ぶなら、情報によって喚起される
イメージを鵜呑みにすると中国はどんどん見えなくなるぞ、
という一種の警戒感のようなものは、
たびたび中国を旅行していたこの時期に
培ったと思っている。(「はじめに」より)
交換留学生として香港に渡った著者は、
一九八七年、アメリカの友人、マイケルと中国旅行に出る。
中国社会が大きな変化を迎えたこの時期に、
何を感じ、何を見たのか----。
「大国」の本質を鋭くとらえた貴重な記録。
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Versailles, France
フランスではアメリカを悪者にすればOK」では、フランスはアメリカを浅はかな国だと見ていると書きましたがこのエントリでは、どんなところが浅はかに見えるのか紹介しようと思います。未来のことを考える際に、よりたくさん考えたからといってより正しい解答を見つけられるとは限らないので、アメリカの多少浅はかな行動力は、羨望の対象となったりするのも同エントリで書いた通りです。思慮の足りない青年の行動力/実力に対する老人の感情という感じでしょうか。

まずはイラク戦争での対応からです。テロリズムに対して戦争よる殲滅を急ぐアメリカに対し、フランスはその戦争がより深い次元での対立を引き起こす危険を懸念していました。つまりは対立の構図が欧米対イスラムと変化することに対する懸念です。詳しくは「正論を主張する国「イラク戦争に反対したフランス」」に書きましたが、”フランスには、過去2回もヨーロッパ大陸で起こった大戦と、植民地支配が失敗に終わった経験から、戦争による被害と、民族と宗教の対立の根の深さを学んだという自負があった”というワケです。

次に民族間の平等に関する問題です。アメリカでは民族間の平等を達成するために、アファーマティブ・アクション(肯定的措置)を実施しています。つまり、アジア人は試験の点が良すぎるので50点引きますとか、黒人の平均点は低いので100点プラスしますとかやっているわけです。民族別の平等を達成するための措置としては最も手っ取り早いですが、長い目で見るとこの措置自体が差別を助長してしまう問題点があります。対するフランスは、なんと民族別統計を取ることを禁止しています。なので、民族別に肯定的措置をとることは出来ません。民族別統計を禁止することは、長い目で見ると民族の違いを完全に統合する共和国、憲法前文第一条に書かれている”分割し得ない共和国”のために必要なことだと考えられています。

Constitution de la République française
(フランス共和国憲法 前文第一条)

La France est une République indivisible, laïque, démocratique et sociale. Elle assure l’égalité devant la loi de tous les citoyens sans distinction d’origine, de race ou de religion.
フランスは、非宗教的、民主的、社会的な、分割し得ない共和国である。フランスは、生まれ、人種、宗教の区別なしに、すべての市民に対して法の下での平等を保障する。
最近は、アメリカ/イギリス型システムをフランスに取り入れることを公約としたサルコジ大統領によって、民族別統計にについて多少の変更も提案されています→民族別統計禁止のフランスが変わる。変更するにせよ上記の憲法前文第一条は、絶対的な基準となることは当然でフランスは突然アメリカのようになったりはしないでしょう。

3つ目として、フランス人はアメリカ型の市場経済自由主義は長い目で見ると人間を幸せにしないと見ています。エネルギー資源、人的資源、労働時間など有限な資源を活用して無限の成長を目指すことの無理さを実感しています。近代のフランスは、グローバルに展開される競争が人間を不幸にしていると考え、ブレーキをかける方向を模索しているように見えます→競争の抑制によるソシアリスムの実現。フランスから見ると、未だに短期的利益を追求する市場経済自由主義を信奉するアメリカが短絡的な人々にみえます。

フランスから見るとアメリカは短絡的、浅はか、単視眼的に見えると書いてきましたが、積極的に行動する国をまぶしく羨ましく思う気持ちもあります。1)テロリズムを武力で叩いたアメリカに対し、何もしなかったフランス。2)民族格差を是正するために積極的に動いているアメリカと何もしないフランス。フランスでは民族間格差が世代を超えて固定化しているという批判もあります(統計は禁止されているので数字では見えませんが)。問題があると自覚するからこそ大統領が民族別統計を提案しているのでしょう。3)フランスはグローバルな競争のプレイヤーを演じながら、グローバルな競争にブレーキをかけようとする行為が、自国の経済競争力を削いでいることを自覚しています。

どのトピックについてもフランスはアメリカよりも遠くの未来を見据えているんだと自負しながらも、アメリカの行動力を羨ましく思います。この心情も「フランス=老人、アメリカ=青年」の擬人化が分かりやすいと思います。フランスはアメリカの方向性を間違っていると批判しながらも、アメリカの行動が新しい概念を生む可能性を捨てていません。むしろ期待していると言えるかもしれません。日本で英語からの翻訳のニュースを見ていると、アメリカに批判的なフランスは、自分だけが正しいと思い上がっているように見えたりしますが、答えが無い問題に対するアプローチの違いだと言うことが出来ます。
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Versailles, France
フランスではアメリカを悪者にすればOK」では、フランスはアメリカを浅はかな国だと見ていると書きましたがこのエントリでは、どんなところが浅はかに見えるのか紹介しようと思います。未来のことを考える際に、よりたくさん考えたからといってより正しい解答を見つけられるとは限らないので、アメリカの多少浅はかな行動力は、羨望の対象となったりするのも同エントリで書いた通りです。思慮の足りない青年の行動力/実力に対する老人の感情という感じでしょうか。

まずはイラク戦争での対応からです。テロリズムに対して戦争よる殲滅を急ぐアメリカに対し、フランスはその戦争がより深い次元での対立を引き起こす危険を懸念していました。つまりは対立の構図が欧米対イスラムと変化することに対する懸念です。詳しくは「正論を主張する国「イラク戦争に反対したフランス」」に書きましたが、”フランスには、過去2回もヨーロッパ大陸で起こった大戦と、植民地支配が失敗に終わった経験から、戦争による被害と、民族と宗教の対立の根の深さを学んだという自負があった”というワケです。

次に民族間の平等に関する問題です。アメリカでは民族間の平等を達成するために、アファーマティブ・アクション(肯定的措置)を実施しています。つまり、アジア人は試験の点が良すぎるので50点引きますとか、黒人の平均点は低いので100点プラスしますとかやっているわけです。民族別の平等を達成するための措置としては最も手っ取り早いですが、長い目で見るとこの措置自体が差別を助長してしまう問題点があります。対するフランスは、なんと民族別統計を取ることを禁止しています。なので、民族別に肯定的措置をとることは出来ません。民族別統計を禁止することは、長い目で見ると民族の違いを完全に統合する共和国、憲法前文第一条に書かれている”分割し得ない共和国”のために必要なことだと考えられています。
Constitution de la République française
(フランス共和国憲法 前文第一条)

La France est une République indivisible, laïque, démocratique et sociale. Elle assure l’égalité devant la loi de tous les citoyens sans distinction d’origine, de race ou de religion.
フランスは、非宗教的、民主的、社会的な、分割し得ない共和国である。フランスは、生まれ、人種、宗教の区別なしに、すべての市民に対して法の下での平等を保障する。
最近は、アメリカ/イギリス型システムをフランスに取り入れることを公約としたサルコジ大統領によって、民族別統計にについて多少の変更も提案されています→民族別統計禁止のフランスが変わる。変更するにせよ上記の憲法前文第一条は、絶対的な基準となることは当然でフランスは突然アメリカのようになったりはしないでしょう。

3つ目として、フランス人はアメリカ型の市場経済自由主義は長い目で見ると人間を幸せにしないと見ています。エネルギー資源、人的資源、労働時間など有限な資源を活用して無限の成長を目指すことの無理さを実感しています。近代のフランスは、グローバルに展開される競争が人間を不幸にしていると考え、ブレーキをかける方向を模索しているように見えます→競争の抑制によるソシアリスムの実現。フランスから見ると、未だに短期的利益を追求する市場経済自由主義を信奉するアメリカが短絡的な人々にみえます。

フランスから見るとアメリカは短絡的、浅はか、単視眼的に見えると書いてきましたが、積極的に行動する国をまぶしく羨ましく思う気持ちもあります。1)テロリズムを武力で叩いたアメリカに対し、何もしなかったフランス。2)民族格差を是正するために積極的に動いているアメリカと何もしないフランス。フランスでは民族間格差が世代を超えて固定化しているという批判もあります(統計は禁止されているので数字では見えませんが)。問題があると自覚するからこそ大統領が民族別統計を提案しているのでしょう。3)フランスはグローバルな競争のプレイヤーを演じながら、グローバルな競争にブレーキをかけようとする行為が、自国の経済競争力を削いでいることを自覚しています。

どのトピックについてもフランスはアメリカよりも遠くの未来を見据えているんだと自負しながらも、アメリカの行動力を羨ましく思います。この心情も「フランス=老人、アメリカ=青年」の擬人化が分かりやすいと思います。フランスはアメリカの方向性を間違っていると批判しながらも、アメリカの行動が新しい概念を生む可能性を捨てていません。むしろ期待していると言えるかもしれません。日本で英語からの翻訳のニュースを見ていると、アメリカに批判的なフランスは、自分だけが正しいと思い上がっているように見えたりしますが、答えが無い問題に対するアプローチの違いだと言うことが出来ます。
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Versailles, France
今週でフランスに来てから丸2年になります。フランスに来るまで全く意識しなかったことで、フランスでよく知られている事実として日本が捕鯨に賛成している点があります。「日本人はなんで絶滅しそうなクジラをそんなにしてまで食べたいの?」とフランス人に最初に問われたのは、渡仏後すぐのことでした。その時は、クジラなんて食べたことも無くて、両親ですら食べたことがあるか、ないかの全くなじみのない生活を送っていたので、ただただ食べたことないと愛想笑いするしか無かったことを覚えています。

それから、2年で3回ほど質問されたことがありました。それほど頻度の多い質問ではないですが、フランスで日本の捕鯨に対する態度を問われた時は、日本を擁護する立場に立って反論する方が面白いと思います。わざわざフランス人が質問しているときには議論を望んでいることが多いからです。同意してしまってはそこで話が終わってしまいます。フランスは反捕鯨の国ですが、一般のフランス人は険悪な議論になるほどクジラに思い入れが無いし、僕も絶対に譲れない議論でもないため、楽しいおしゃべりが期待できます。

フランス人「日本が調査のために1000頭のクジラを捕ったってテレビでやってたよ。調査じゃないよね、絶対売ったり、食べたり、商売にしているよ。」
「絶滅しそうも無いクジラの種類も多いんだって。それにクジラがたくさんの魚を食べちゃうんだよ。だから、少しは捕鯨しないと魚が減少しちゃうんだって。」
フランス人「だめだよ!笑」

みたいな感じです。まあ、周りはフランス人か留学生なのでたった一人の日本人が反論していたとしても分が悪いのですが、フランスのテレビでやってない反論に少しは納得したり、話題を楽しんだりします。これを、アメリカを悪者にすると、日本とフランスが味方みたいな感じになって、なぜか納得されやすいのです。例えば、

「そもそも日本は伝統的にクジラを食べていた。クジラの肉は食べるし、油は使うし、骨は工芸品にする。全く無駄はなかったんだよ。それがアメリカがクジラの油を取るために殺しまくった結果、クジラが減ったんだよ。今は石油があるからって、捕鯨反対って(アメリカは)都合が良すぎるんだよ。」

フランス人たち「そう!アメリカが悪いんだよ。アメリカはいつでもそうだ。」となったりします。同じような場面を、日仏カップルの方が書かれていました。すごく分かります。
チーズの国へ、ようこそ: フランスの誇り、日本の誇り

私:日本はアメリカの圧力で、飛行機を作ることが出来なかったんだって。

夫:そう! 知ってるよ。そうなんだよ、アメリカって国はそういう国なんだ!

( アメリカがいかに悪い国かについて語る夫・・・)
こう書くと、やっぱりフランス人はアメリカが嫌いなんだなと思われそうですが、そう簡単な感情ではありません。たしかに、表立ってはアメリカを絶賛する人は少ないです。アメリカでは、まずいポテトとハンバーガーを年中食って、水のように薄いコーヒーをがぶ飲みしないといけないなどと言わなければなりません。同僚が3ヶ月テキサスに行かなければならなかったときには、アメリカの食事には2週間以上は耐えられないだろうと言っていました...。また、国際政治の問題でもフランスはいつでもアメリカに反対と言われるぐらいに対立します(例:「正論を主張する国「イラク戦争に反対したフランス」」)。

それでも、多くのフランス人はアメリカのことを悪く思っていません。むしろ、最新のテクノロジーや流行の発信などによって憧れに近いものを持っていると思います。(統計にすると長い間40%がアメリカに好感、10%が反感→フランスにおけるアンチアメリカニズム(PDF)。)いつでもアメリカに反対しつつも、憧れるというこの感覚をうまく説明するのは難しいと思うのですが、強いて例えるとすればフランス=老人、アメリカ=青年と擬人化すると分かりやすいと思います。

フランス(老人)はいつでもアメリカ(青年)よりも世界のことを良く理解して、より遠い未来のことも見通していると考えています。また、アメリカのやることなすことが短絡的に見えてしまいます。その一方、フランスにはアメリカのように自分の考えを他人に影響を及ぼしながら実現していく体力がありません。短絡的だろうが何だろうが何でも強力に押し進める力があるアメリカをすこし羨ましく見ています。冒頭のアメリカの悪者っぷりをおもしろがる心情を老人と青年に置き換えると少し分かりやすいかもしれません。

最後にフランスがアメリカよりも世界のことをよく理解していて、より遠い未来を見通しているなどということは、フランス人だけが思い込んでいる冗談にしか聞こえない人が多いかもしれませんが、最近は一理ある気がしています。このブログで書くと著者がフランスかぶれと思われると思いますが、ソシアリスム人種間の平等テロリズムへの対応などは、遠い未来を見据えるとアメリカの方法よりも正しい可能性があるような気がしています。

追記:
フランスから見たアメリカのイメージを「フランス=老人、アメリカ=青年」の擬人化で書いてみました→フランスから見えるアメリカは浅はかな国
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Versailles, France
今週でフランスに来てから丸2年になります。フランスに来るまで全く意識しなかったことで、フランスでよく知られている事実として日本が捕鯨に賛成している点があります。「日本人はなんで絶滅しそうなクジラをそんなにしてまで食べたいの?」とフランス人に最初に問われたのは、渡仏後すぐのことでした。その時は、クジラなんて食べたことも無くて、両親ですら食べたことがあるか、ないかの全くなじみのない生活を送っていたので、ただただ食べたことないと愛想笑いするしか無かったことを覚えています。

それから、2年で3回ほど質問されたことがありました。それほど頻度の多い質問ではないですが、フランスで日本の捕鯨に対する態度を問われた時は、日本を擁護する立場に立って反論する方が面白いと思います。わざわざフランス人が質問しているときには議論を望んでいることが多いからです。同意してしまってはそこで話が終わってしまいます。フランスは反捕鯨の国ですが、一般のフランス人は険悪な議論になるほどクジラに思い入れが無いし、僕も絶対に譲れない議論でもないため、楽しいおしゃべりが期待できます。

フランス人「日本が調査のために1000頭のクジラを捕ったってテレビでやってたよ。調査じゃないよね、絶対売ったり、食べたり、商売にしているよ。」
「絶滅しそうも無いクジラの種類も多いんだって。それにクジラがたくさんの魚を食べちゃうんだよ。だから、少しは捕鯨しないと魚が減少しちゃうんだって。」
フランス人「だめだよ!笑」

みたいな感じです。まあ、周りはフランス人か留学生なのでたった一人の日本人が反論していたとしても分が悪いのですが、フランスのテレビでやってない反論に少しは納得したり、話題を楽しんだりします。これを、アメリカを悪者にすると、日本とフランスが味方みたいな感じになって、なぜか納得されやすいのです。例えば、

「そもそも日本は伝統的にクジラを食べていた。クジラの肉は食べるし、油は使うし、骨は工芸品にする。全く無駄はなかったんだよ。それがアメリカがクジラの油を取るために殺しまくった結果、クジラが減ったんだよ。今は石油があるからって、捕鯨反対って(アメリカは)都合が良すぎるんだよ。」

フランス人たち「そう!アメリカが悪いんだよ。アメリカはいつでもそうだ。」となったりします。同じような場面を、日仏カップルの方が書かれていました。すごく分かります。
チーズの国へ、ようこそ: フランスの誇り、日本の誇り

私:日本はアメリカの圧力で、飛行機を作ることが出来なかったんだって。

夫:そう! 知ってるよ。そうなんだよ、アメリカって国はそういう国なんだ!

( アメリカがいかに悪い国かについて語る夫・・・)
こう書くと、やっぱりフランス人はアメリカが嫌いなんだなと思われそうですが、そう簡単な感情ではありません。たしかに、表立ってはアメリカを絶賛する人は少ないです。アメリカでは、まずいポテトとハンバーガーを年中食って、水のように薄いコーヒーをがぶ飲みしないといけないなどと言わなければなりません。同僚が3ヶ月テキサスに行かなければならなかったときには、アメリカの食事には2週間以上は耐えられないだろうと言っていました...。また、国際政治の問題でもフランスはいつでもアメリカに反対と言われるぐらいに対立します(例:「正論を主張する国「イラク戦争に反対したフランス」」)。

それでも、多くのフランス人はアメリカのことを悪く思っていません。むしろ、最新のテクノロジーや流行の発信などによって憧れに近いものを持っていると思います。(統計にすると長い間40%がアメリカに好感、10%が反感→フランスにおけるアンチアメリカニズム(PDF)。)いつでもアメリカに反対しつつも、憧れるというこの感覚をうまく説明するのは難しいと思うのですが、強いて例えるとすればフランス=老人、アメリカ=青年と擬人化すると分かりやすいと思います。

フランス(老人)はいつでもアメリカ(青年)よりも世界のことを良く理解して、より遠い未来のことも見通していると考えています。また、アメリカのやることなすことが短絡的に見えてしまいます。その一方、フランスにはアメリカのように自分の考えを他人に影響を及ぼしながら実現していく体力がありません。短絡的だろうが何だろうが何でも強力に押し進める力があるアメリカをすこし羨ましく見ています。冒頭のアメリカの悪者っぷりをおもしろがる心情を老人と青年に置き換えると少し分かりやすいかもしれません。

最後にフランスがアメリカよりも世界のことをよく理解していて、より遠い未来を見通しているなどということは、フランス人だけが思い込んでいる冗談にしか聞こえない人が多いかもしれませんが、最近は一理ある気がしています。このブログで書くと著者がフランスかぶれと思われると思いますが、ソシアリスム人種間の平等テロリズムへの対応などは、遠い未来を見据えるとアメリカの方法よりも正しい可能性があるような気がしています。

追記:
フランスから見たアメリカのイメージを「フランス=老人、アメリカ=青年」の擬人化で書いてみました→フランスから見えるアメリカは浅はかな国
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Lyon, France
日本はもうダメだ論と日本の優秀な人材」と「日本をもっとダメな国だと思い危機感を煽りましょう」で、「日本はもう立ち直れない」 だから「海外で働こう」という分析についての考えを書いてきました。元となる記事は大きな注目を集めたようで、J-CASTニュースに掲載され、ヤフーニュースへ転載されていました。多くの人がこの話題に関心をもって、意見を表明しているのは興味深いです→J-CASTニュース : 「日本はもう立ち直れない」 だから「海外で働こう」に賛否両論

現在日本の状況が過去と比べて悪いわけではないという根拠から、「日本はもうダメだ論」には反論を加えてきました。交通網、通信網、流通網、水道設備などが整備され、真面目で優秀な人材が周りにいる状況で、もうダメだと言われても甘えにしか聞こえないんですよね。フランスにはヨーロッパ諸国や旧植民地から優秀な学生がやってきますが、日本より上に挙げた物に恵まれている国はないです。しかし、日本はもうダメだ論には反論を加えてきましたが、結論はすごく共感しました。

人に海外に出た方が良いよと説得する場合に、2つの基準があるように思います。1)北風か太陽か、2)マクロかミクロかです。1は北風のように日本はダメだと脅して海外に飛び出させるか、太陽のように海外にはいいことがたくさんあるよ〜と本人をその気にさせるかです。2は日本を取り巻く経済状況は社会の趨勢をマクロに解説するか、個人的体験談や読者の将来の予測などをミクロに解説するかです。海外に出るのを説得するのに、1) 太陽/北風、2)マクロ/ミクロの視点から分類すると、4パターンの説得方法があることが分かります。
  1. マクロ視点(社会趨勢)から海外に出た方が未来が明るいとその気にさせる太陽
  2. ミクロ視点(個人的体験)から海外に出た方が未来が明るいとその気にさせる太陽
  3. マクロ視点(社会趨勢)から日本はダメだと脅す北風
  4. ミクロ視点(個人的体験)から日本にいるとヤバいと脅す北風
渡辺さんは2の太陽のように海外で働く良さをミクロ(個人的体験)で解説してきたのを、3のマクロ(経済状況、社会趨勢)の悪化を予測する脅しのような北風で説得するように戦略を変えたように見えます。
On Off and Beyond: 海外で勉強して働こう

これまでずっとなるべく言わないようにしていたのだが、もう平たく/明快に言うことにしました。
1)日本はもう立ち直れないと思う。
だから、
2)海外で勉強してそのまま海外で働く道を真剣に考えてみて欲しい。

これまでは、1)は言わずに、2)だけ言ってきた。
海外に出てみるという結論は良い選択肢だと思うので、説得の手段を尽くしている渡辺さんは熱い人だと思いますね。これだけ説得しても、日本人の海外進出は遅れているという意識があって説得方法を変更されたんだと思います。世界級ライフスタイルのつくり方 - 個人が国家を選ぶ時代で掲載されていた2000年頃の国際流動のデータでは日本がかなり国際流動が少ない国だということが分かります。

国際流動は今後、加速していくことは間違いないので、現在26歳の僕がいくらかの部下を持つぐらいの年代に入った頃には、日本で働くにせよ、海外で働くにせよ、いろいろな国々を体験した人々の混成チームで働くことになるはずです。そういったときに自分だけに海外経験が欠如していたら、彼らの信頼のおける上司なれるのか考えてしまいます。おそらく能力+多文化への許容性といったことが評価されると思うのです(ミクロ、北風)。

このブログにはいろいろと、ミクロ、マクロに留学の利点を解説したエントリを書いてきたので、興味がある方はぜひ。全体的に太陽的視点が多いと思います→「[まとめ] フランス留学のススメ」。現在、日本人が海外に出ない傾向については、選択次第で海外に行ける状況にある人(学生、社会人)は他人と違った能力を開発するチャンスだと思います。以下はフランスからの視点ですが、海外のどこでも同じような状況だと思います。
フランスの日々: なぜフランスに留学するのか:不足するEU人員
ある地域において不足している人員ほど、その需要的な価値が高いと考えられます。ヨーロッパのマーケットに注目する日本企業にとっては、フランスで学んだ 学生を重宝することは明らかです。これは、フランスにおいても同じです。フランスでは、日本からの人材は決定的に不足していて、日本人の博士課程の学生が フランスに赴くことは、そ の希少価値から重宝されることが請け合いです。
海外に出たくても出られない人(仕事、年齢、家庭環境、経済状況、病気など)には、説得がどんなに説得力があっても苦々しいだけだと思います。それでも、正しい説得には耳を貸して納得できたら、自身や親戚の子供や親しい友人に、海外への渡航を薦めてあげるのが、いいのではないでしょうか。

最後に「日本はもうダメだ論と日本の優秀な人材」と「日本をもっとダメな国だと思い危機感を煽りましょう」のエントリでは日本はまだ大丈夫とか言ってましたが、海外渡航の説得の方法としては最悪でしたね。日本は大丈夫だのあとに、「だから」をつなげると次の行動への示唆が出てこないからです。
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Lyon, France
日本はもうダメだ論と日本の優秀な人材」と「日本をもっとダメな国だと思い危機感を煽りましょう」で、「日本はもう立ち直れない」 だから「海外で働こう」という分析についての考えを書いてきました。元となる記事は大きな注目を集めたようで、J-CASTニュースに掲載され、ヤフーニュースへ転載されていました。多くの人がこの話題に関心をもって、意見を表明しているのは興味深いです→J-CASTニュース : 「日本はもう立ち直れない」 だから「海外で働こう」に賛否両論

現在日本の状況が過去と比べて悪いわけではないという根拠から、「日本はもうダメだ論」には反論を加えてきました。交通網、通信網、流通網、水道設備などが整備され、真面目で優秀な人材が周りにいる状況で、もうダメだと言われても甘えにしか聞こえないんですよね。フランスにはヨーロッパ諸国や旧植民地から優秀な学生がやってきますが、日本より上に挙げた物に恵まれている国はないです。しかし、日本はもうダメだ論には反論を加えてきましたが、結論はすごく共感しました。

人に海外に出た方が良いよと説得する場合に、2つの基準があるように思います。1)北風か太陽か、2)マクロかミクロかです。1は北風のように日本はダメだと脅して海外に飛び出させるか、太陽のように海外にはいいことがたくさんあるよ〜と本人をその気にさせるかです。2は日本を取り巻く経済状況は社会の趨勢をマクロに解説するか、個人的体験談や読者の将来の予測などをミクロに解説するかです。海外に出るのを説得するのに、1) 太陽/北風、2)マクロ/ミクロの視点から分類すると、4パターンの説得方法があることが分かります。
  1. マクロ視点(社会趨勢)から海外に出た方が未来が明るいとその気にさせる太陽
  2. ミクロ視点(個人的体験)から海外に出た方が未来が明るいとその気にさせる太陽
  3. マクロ視点(社会趨勢)から日本はダメだと脅す北風
  4. ミクロ視点(個人的体験)から日本にいるとヤバいと脅す北風
渡辺さんは2の太陽のように海外で働く良さをミクロ(個人的体験)で解説してきたのを、3のマクロ(経済状況、社会趨勢)の悪化を予測する脅しのような北風で説得するように戦略を変えたように見えます。
On Off and Beyond: 海外で勉強して働こう

これまでずっとなるべく言わないようにしていたのだが、もう平たく/明快に言うことにしました。
1)日本はもう立ち直れないと思う。
だから、
2)海外で勉強してそのまま海外で働く道を真剣に考えてみて欲しい。

これまでは、1)は言わずに、2)だけ言ってきた。
海外に出てみるという結論は良い選択肢だと思うので、説得の手段を尽くしている渡辺さんは熱い人だと思いますね。これだけ説得しても、日本人の海外進出は遅れているという意識があって説得方法を変更されたんだと思います。世界級ライフスタイルのつくり方 - 個人が国家を選ぶ時代で掲載されていた2000年頃の国際流動のデータでは日本がかなり国際流動が少ない国だということが分かります。

国際流動は今後、加速していくことは間違いないので、現在26歳の僕がいくらかの部下を持つぐらいの年代に入った頃には、日本で働くにせよ、海外で働くにせよ、いろいろな国々を体験した人々の混成チームで働くことになるはずです。そういったときに自分だけに海外経験が欠如していたら、彼らの信頼のおける上司なれるのか考えてしまいます。おそらく能力+多文化への許容性といったことが評価されると思うのです(ミクロ、北風)。

このブログにはいろいろと、ミクロ、マクロに留学の利点を解説したエントリを書いてきたので、興味がある方はぜひ。全体的に太陽的視点が多いと思います→「[まとめ] フランス留学のススメ」。現在、日本人が海外に出ない傾向については、選択次第で海外に行ける状況にある人(学生、社会人)は他人と違った能力を開発するチャンスだと思います。以下はフランスからの視点ですが、海外のどこでも同じような状況だと思います。
フランスの日々: なぜフランスに留学するのか:不足するEU人員
ある地域において不足している人員ほど、その需要的な価値が高いと考えられます。ヨーロッパのマーケットに注目する日本企業にとっては、フランスで学んだ 学生を重宝することは明らかです。これは、フランスにおいても同じです。フランスでは、日本からの人材は決定的に不足していて、日本人の博士課程の学生が フランスに赴くことは、そ の希少価値から重宝されることが請け合いです。
海外に出たくても出られない人(仕事、年齢、家庭環境、経済状況、病気など)には、説得がどんなに説得力があっても苦々しいだけだと思います。それでも、正しい説得には耳を貸して納得できたら、自身や親戚の子供や親しい友人に、海外への渡航を薦めてあげるのが、いいのではないでしょうか。

最後に「日本はもうダメだ論と日本の優秀な人材」と「日本をもっとダメな国だと思い危機感を煽りましょう」のエントリでは日本はまだ大丈夫とか言ってましたが、海外渡航の説得の方法としては最悪でしたね。日本は大丈夫だのあとに、「だから」をつなげると次の行動への示唆が出てこないからです。
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Paris, France
日本はもうダメだ論と日本の優秀な人材」で書いた日本はピンチになると救世主が現れる的な物語を頭から信じているノーテンキな人だと思われそうなので少し補足しようと思います。まずとびっきり楽観的なシナリオを描いたのは、「On Off and Beyond: 海外で勉強して働こう」で描かれていた、荒唐無稽な”日本はもう立ち直れないと思う”という予測に違和感を感じたからです。それらよりも現実味がある反対側のシナリオに突っ走ってみて極論との均衡を保とうと考えました。「海外で勉強して働こう」で言うところのベストケースです。もう一度明治維新が起こったり、日露戦争に勝利したりすると確信しているわけではないことを指摘しておきます。

ただし日本が本気になったときは恐ろしいほどの力があるというのは、けっこう本気で思っています。「日本はもうダメだ論と日本の優秀な人材」で書いたところの、”日本自体が植民地化の危機に立たされた時のように危機を脱出する方向に全員が行動するイメージ”が、それに当たります。下のブログで、述べられている”怪物”というのも、それに当たるのではないかと推測します。

404 Blog Not Found:日本に留まりたかったら、一度は留学しておくべき
外から日本を見たことがある人だけが、日本という「怪物」との間合いの取り方を身につけているように見受けられるのだ。
この怪物が暴走すると、とてつもない力を引き出してしまいます。例えば、植民地化されかける危機から他国を植民地化するほどの力をたった35年で付けたり、敗戦で壊滅した産業を復興して25年で国民総生産で世界第二位になったりします。しかもその爆発は制御が不可能なのではないかというほど、困った方向にも起こりえます。例えば、世界最強コンビの米英に同時に宣戦布告したり、神風特攻隊を編成して常用するようになったり...(最強コンビに対して四年間も戦線を維持し、最初の二年間は戦局を優位に進めた事例にも怪物のパワーの恐ろしさが見えます)。さらに、怪物は暴走した時だけパワフルなのではなく、ちょっと動いただけでも酔っぱらいの人生や、飲酒した未成年の人生を、はたまたIT長者の人生を一瞬にして終わらせたりします。構成員が真面目で一つのことに徹底集中する性格なので、怪物は一度動いてしまうと誰も途中で止められません。

外から日本を見たことがある人だけが、日本という「怪物」との間合いの取り方を身につけているように見受けられる”と聞いて思い出すのは、太平洋戦争中にこの怪物を誰よりも冷静に見ていた吉田茂や白洲次郎などのイギリス在住経験のあった人たちです。吉田茂は太平洋戦争が始まる前に外務省を退官し、白洲次郎は徴兵を忌避し田舎の武相荘で隠棲していたそうです。両者とも日本の行く末を危惧しながら、表立った反戦活動から手を引いています(“よしだはんせん”に因むヨハンセン・グループとか)。怪物の力の大きさを見抜き、怪物が動きを止めるまで個人の力ではどうにもならないことを知っていたように思います。

ここでもう一度「海外で勉強して働こう」の”日本はもう立ち直れない”の真意について推測してみると、今は寝ている怪物=日本を良い方向で起動させたいという意図が見える気がします。衝撃的な未来予測は対怪物用の目覚ましの爆竹だったような気がします。だとすると、「日本はピンチになると救世主が現れる的な楽観的予測」は爆竹の音を弱めるだけだったかもしれません。怪物の構成員が爆竹の音に驚いて大量に海外に飛び出すようになったら、日本を良くする力になるかも知れないと思います。実際に、渡辺千賀さんのブログには前の記事のフォローアップ記事がアップロードされていました。
On Off and Beyond: 国や組織はどういう時に良くなるか
たくさんの人が海外に出れば、その中のある割合の人たちは日本に帰るだろうし、ある割合の人は、行った国と日本をつなぐ仕事をする。全然日本と関係ない仕 事をする人でも、何らかの形で日本とその国とのコミュニケーションの助けになるかもしれないもしれない。ということで、「数の勝負」で、そういう人がたくさん出ることで、日本の将来の担い手になったり、日本の国際社会からの孤立を救うことになるでしょう、と。
僕は楽観的な予測を書いていますが、日本がこのままずっと悪いまま沈んでいくという予測も考えたりします。同じ記事で、国が悪くなると悪循環で、かなり長期にわたって衰退していくという意見も説得力があります。
「国というのは、思いがけなくどこまでも悪くなっていけるものなのだ」といろいろな国を例に挙げて説明されてはっと気づいた次第。国の場合、競合に買収されたり、国民を全員解雇(追放?)して解散したりできないこともあり、会社組織の比でなく、何十年、何百年と悪化の道をたどれるのであった。
しかし、フォローアップ記事に書かれている悲観的予測もかなり異議ありなので少し反論を書いておきます。
ちなみに、日本の一人当たり国民総生産(GDP)は1993年に2位、2000年でも3位だったが、2007−8年ではIMF調べだと22位、(World Bank 23位、CIA25位)。このまま等差数列で落ちて20年後に60位くらいまで行くと、ふむ、今60位前後はルーマニアとかロシアとかメキシコとか・・・。
と、ありますが、去年の夏は1ユーロ=170円を超えていて、僕がこちらでもらっている給与でも日本円に換算すると胸を張れたんですよね。現在は1ユーロ130円(25%減)で推移していて、2001年には100円(40%減)を下回っていたんですよね。2007-8年は欧州の国々が大量ランクインして当然だったと思います。購買平価ベースでは現在3位なのは"20年続いたデフレという大いに物悲しい現象の結果"というのも一理はありますが、短期のトレンドに左右される為替レートよりは、実際の状況を反映していると思います。そしてその短期のトレンドを20年間も等差数列するのは、ちょっと、あまりにも無茶です....。それともう一つ、世界のGDPはかなり不平等に上位に固まっているので、1から20に落ちるのは簡単ですが、20から60に落ちるのはかなり産業が壊滅しないと無理でしょう(トヨタ、ホンダ、日産、日立、松下、ソニー、ドコモ、KDDIがつぶれ、関連企業も根絶やしになったとしてもまだまだです)。

それでも、僕も楽観的予測で怪物用の爆竹の音量を下げるのはやめましょう。怪物の構成員が爆竹の音に驚いて大量に海外に飛び出し、日本が良くなれば、渡辺さんも僕も、おそらくほとんどの日本人もみんなハッピーになりますよね。煽った方がいい局面かも知れません。どんどん問題提起していただけることを願っています。

「日本=怪物と爆竹」モデルで関連エントリを分類してみるとこんな感じでしょうかね。個人的にはどんな反応が良いとか悪いとか、思っているわけではありません。純粋に興味から分けてみました。念のため。

対怪物用の爆竹を鳴らす人
目が覚めてた人/納得した人
対怪物用の爆竹でも目覚めない人
爆竹の音量を下げようとしている人
追記:
前のエントリが「爆竹の音量を下げようとしている人」だったのを反省して、海外に出た方がいいという説得方法を分析してみました→フランスの日々:海外に出た方がいいと説得する方法
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Paris, France
日本はもうダメだ論と日本の優秀な人材」で書いた日本はピンチになると救世主が現れる的な物語を頭から信じているノーテンキな人だと思われそうなので少し補足しようと思います。まずとびっきり楽観的なシナリオを描いたのは、「On Off and Beyond: 海外で勉強して働こう」で描かれていた、荒唐無稽な”日本はもう立ち直れないと思う”という予測に違和感を感じたからです。それらよりも現実味がある反対側のシナリオに突っ走ってみて極論との均衡を保とうと考えました。「海外で勉強して働こう」で言うところのベストケースです。もう一度明治維新が起こったり、日露戦争に勝利したりすると確信しているわけではないことを指摘しておきます。

ただし日本が本気になったときは恐ろしいほどの力があるというのは、けっこう本気で思っています。「日本はもうダメだ論と日本の優秀な人材」で書いたところの、”日本自体が植民地化の危機に立たされた時のように危機を脱出する方向に全員が行動するイメージ”が、それに当たります。下のブログで、述べられている”怪物”というのも、それに当たるのではないかと推測します。
404 Blog Not Found:日本に留まりたかったら、一度は留学しておくべき
外から日本を見たことがある人だけが、日本という「怪物」との間合いの取り方を身につけているように見受けられるのだ。
この怪物が暴走すると、とてつもない力を引き出してしまいます。例えば、植民地化されかける危機から他国を植民地化するほどの力をたった35年で付けたり、敗戦で壊滅した産業を復興して25年で国民総生産で世界第二位になったりします。しかもその爆発は制御が不可能なのではないかというほど、困った方向にも起こりえます。例えば、世界最強コンビの米英に同時に宣戦布告したり、神風特攻隊を編成して常用するようになったり...(最強コンビに対して四年間も戦線を維持し、最初の二年間は戦局を優位に進めた事例にも怪物のパワーの恐ろしさが見えます)。さらに、怪物は暴走した時だけパワフルなのではなく、ちょっと動いただけでも酔っぱらいの人生や、飲酒した未成年の人生を、はたまたIT長者の人生を一瞬にして終わらせたりします。構成員が真面目で一つのことに徹底集中する性格なので、怪物は一度動いてしまうと誰も途中で止められません。

外から日本を見たことがある人だけが、日本という「怪物」との間合いの取り方を身につけているように見受けられる”と聞いて思い出すのは、太平洋戦争中にこの怪物を誰よりも冷静に見ていた吉田茂や白洲次郎などのイギリス在住経験のあった人たちです。吉田茂は太平洋戦争が始まる前に外務省を退官し、白洲次郎は徴兵を忌避し田舎の武相荘で隠棲していたそうです。両者とも日本の行く末を危惧しながら、表立った反戦活動から手を引いています(“よしだはんせん”に因むヨハンセン・グループとか)。怪物の力の大きさを見抜き、怪物が動きを止めるまで個人の力ではどうにもならないことを知っていたように思います。

ここでもう一度「海外で勉強して働こう」の”日本はもう立ち直れない”の真意について推測してみると、今は寝ている怪物=日本を良い方向で起動させたいという意図が見える気がします。衝撃的な未来予測は対怪物用の目覚ましの爆竹だったような気がします。だとすると、「日本はピンチになると救世主が現れる的な楽観的予測」は爆竹の音を弱めるだけだったかもしれません。怪物の構成員が爆竹の音に驚いて大量に海外に飛び出すようになったら、日本を良くする力になるかも知れないと思います。実際に、渡辺千賀さんのブログには前の記事のフォローアップ記事がアップロードされていました。
On Off and Beyond: 国や組織はどういう時に良くなるか
たくさんの人が海外に出れば、その中のある割合の人たちは日本に帰るだろうし、ある割合の人は、行った国と日本をつなぐ仕事をする。全然日本と関係ない仕 事をする人でも、何らかの形で日本とその国とのコミュニケーションの助けになるかもしれないもしれない。ということで、「数の勝負」で、そういう人がたくさん出ることで、日本の将来の担い手になったり、日本の国際社会からの孤立を救うことになるでしょう、と。
僕は楽観的な予測を書いていますが、日本がこのままずっと悪いまま沈んでいくという予測も考えたりします。同じ記事で、国が悪くなると悪循環で、かなり長期にわたって衰退していくという意見も説得力があります。
「国というのは、思いがけなくどこまでも悪くなっていけるものなのだ」といろいろな国を例に挙げて説明されてはっと気づいた次第。国の場合、競合に買収されたり、国民を全員解雇(追放?)して解散したりできないこともあり、会社組織の比でなく、何十年、何百年と悪化の道をたどれるのであった。
しかし、フォローアップ記事に書かれている悲観的予測もかなり異議ありなので少し反論を書いておきます。
ちなみに、日本の一人当たり国民総生産(GDP)は1993年に2位、2000年でも3位だったが、2007−8年ではIMF調べだと22位、(World Bank 23位、CIA25位)。このまま等差数列で落ちて20年後に60位くらいまで行くと、ふむ、今60位前後はルーマニアとかロシアとかメキシコとか・・・。
と、ありますが、去年の夏は1ユーロ=170円を超えていて、僕がこちらでもらっている給与でも日本円に換算すると胸を張れたんですよね。現在は1ユーロ130円(25%減)で推移していて、2001年には100円(40%減)を下回っていたんですよね。2007-8年は欧州の国々が大量ランクインして当然だったと思います。購買平価ベースでは現在3位なのは"20年続いたデフレという大いに物悲しい現象の結果"というのも一理はありますが、短期のトレンドに左右される為替レートよりは、実際の状況を反映していると思います。そしてその短期のトレンドを20年間も等差数列するのは、ちょっと、あまりにも無茶です....。それともう一つ、世界のGDPはかなり不平等に上位に固まっているので、1から20に落ちるのは簡単ですが、20から60に落ちるのはかなり産業が壊滅しないと無理でしょう(トヨタ、ホンダ、日産、日立、松下、ソニー、ドコモ、KDDIがつぶれ、関連企業も根絶やしになったとしてもまだまだです)。

それでも、僕も楽観的予測で怪物用の爆竹の音量を下げるのはやめましょう。怪物の構成員が爆竹の音に驚いて大量に海外に飛び出し、日本が良くなれば、渡辺さんも僕も、おそらくほとんどの日本人もみんなハッピーになりますよね。煽った方がいい局面かも知れません。どんどん問題提起していただけることを願っています。

「日本=怪物と爆竹」モデルで関連エントリを分類してみるとこんな感じでしょうかね。個人的にはどんな反応が良いとか悪いとか、思っているわけではありません。純粋に興味から分けてみました。念のため。

対怪物用の爆竹を鳴らす人
目が覚めてた人/納得した人
対怪物用の爆竹でも目覚めない人
爆竹の音量を下げようとしている人
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Barcelona, Spain
今月は6エントリを投稿して、アクセス総数は約23000PVでした。今月もあまりエントリを投稿できませんでしたが、4月最後の日に投稿したエントリ「日本はもうダメだ論と日本の優秀な人材」に多くの人たちに興味を持っていただいたようで、一日で約3000PVと過去最高のアクセス数を稼ぎました。このエントリは仕事でバルセロナに行った帰りに、見つけた記事が気になって一気に書き上げたエントリでした。参照した記事が多くのブログで話題になっていたために、このエントリにも注目が集まったのだと思います。

このエントリを投稿してから約二日で、現在65個のはてなブックマークが付いています。訪れてくれた方がいろいろなエントリに、はてなブックマークを残していってくれたおかげで、この記事の前にはブログ全体で310ほどだったブックマークが一気に398個に増加しました。
バルセロナではブログを通じて交流が続いていたcruasanさんと会うことが出来ました。仕事の分野も近く、同じく海外で働く者同士の考え方など刺激になりました。紹介していただいたレストランもすばしかったです。楽しい時間をありがとうございました。ブログにも共感していただいて、嬉しい限りです。
いつもの通りに今月のアクセス数の上位10のエントリを紹介します。多くの注目を集めたエントリがたった1日だけでアクセス数のトップになりました。また、今回から毎回ランキング上位に来てしまうまとめエントリをランキングから外すことにします。

コメントをいただいた方、見てくれている方、ありがとうございました。これからも、このブログをよろしくお願いします。
  1. 日本はもうダメだ論と日本の優秀な人材
  2. 世界にいい影響を与える国:ニッポン
  3. フランス人から見た日本特集『Un oeil sur la planète: Japon : le reveil du sumo ?』(2/2)
  4. 外国人に受ける日本の動画
  5. フランス人から見た日本特集『Un oeil sur la planète: Japon : le reveil du sumo ?』(1/2)
  6. 日本人はなぜ悲観論が好きか
  7. 日本文化エロネタに対するフランス人の反応
  8. フランス語の勉強の仕方
  9. フランスのマンガ人気
  10. 国民総かっこよさ(Gross National Cool)とは
過去のトップエントリはこちらです→
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  1. 日本はもうダメだ論と日本の優秀な人材
  2. 世界にいい影響を与える国:ニッポン
  3. フランス人から見た日本特集『Un oeil sur la planète: Japon : le reveil du sumo ?』(2/2)
  4. 外国人に受ける日本の動画
  5. フランス人から見た日本特集『Un oeil sur la planète: Japon : le reveil du sumo ?』(1/2)
  6. 日本人はなぜ悲観論が好きか
  7. 日本文化エロネタに対するフランス人の反応
  8. フランス語の勉強の仕方
  9. フランスのマンガ人気
  10. 国民総かっこよさ(Gross National Cool)とは
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